ヒブワクチン、定期接種化のメド立たず

【2008. 7月 31日】

 
   ワクチンで救える幼い命

      細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会 事務局長 高畑紀一

 「今晩が大きなヤマでしょう」…この簡潔な言葉を、私は理解できませんでした。なぜなら、明朝を迎えられないかもしれないと告げられた息子は、ほんの一昨日までは元気に走り回っていたからです。

 ●発熱二日で重篤に
 私の長男がヒブ(Hib=インフルエンザ菌b型)による細菌性髄膜炎に罹患したのは、3歳5か月の時でした。発熱から2日後には、書き出しに述べたような重篤な容態となりました。発熱と嘔吐以外にこれといった症状を呈しておりませんでしたので現実感に乏しく、担当医の丁寧な説明も言葉だけは耳に入ってくるものの、悪い夢をみているかのような状態でした。
 ただ、息子が元気に回復する可能性は「3分の1」という言葉だけが重く私にのしかかってきました。付き添いはさせないという方針の病院でしたが、状況を勘案して病院側が付き添うことを勧めてくれたことは、それだけ状態が危機的であったからだと、後日、看護師長さんより伺いました。
 一晩中、私の目は、息子が呼吸する姿の確認と、時計の針との間をいったりきたりしていました。なんと1分、1秒の長いことだったでしょうか。窓の外が朝日で白々と明るくなったときの安堵感は、言葉では言い表せないほどでした。

 ●ワクチンがあれば…
 当時、私は細菌性髄膜炎の発症数も死亡や後遺症といった予後の割合についても、そしてワクチンの存在も知りませんでした。そして、敢えて知りたいとも思いませんでした。できることならこのなんともつらく苦しい経験を忘れたいと思っておりましたから。息子は運悪く罹患し、運良く、それこそ奇跡的に回復できた、とそんな風に割り切ることで気持ちを整理し、記憶は頭の片隅に押し込んでおりました。
 ところが、一昨年、読売新聞の記事を目にしたとき、とてつもない衝撃を受けたのです。「細菌性髄膜炎はワクチンで防ぐことができる。そして、ワクチンは既に10年以上前から日本以外の先進国では定期接種化されている」。なんということでしょうか、「息子は運悪く罹患したのではなく、ワクチン導入の遅れによって死の淵を彷徨わされた」のです。あまりにも信じがたい事実でした。

 ●定期接種化を求めて
 現在、私は「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会(以下「守る会」)」で、定期接種化を求める活動に参加しております。
 守る会では細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの早期定期接種化、具体的にはヒブワクチンの早期定期接種化と肺炎球菌ワクチンの早期承認を求めて様々な活動に取り組んでおります。
 最近では国会請願署名に取り組み5月29日に5万4554筆の署名を提出、併せて国会内で学習会を全国保険医団体連合会との共催で開催し、10名の国会議員と10名を超える秘書、3名の地方議員をはじめ、様々な立場の方々から45名もの方に参加いただくことができました。
 患者も国民も医療従事者も、そして地方議員も国会議員も、ワクチンの必要性を認め早期の定期接種化を求めています。まさに全方位一致といった状況なのですが、しかし実際には定期接種化に向けてはまだまだ多くの課題が残されております。

 ●任意接種には助成を
 細菌性髄膜炎ワクチンの早期定期接種化はもとより、我が国の課題「ワクチンギャップ」を解消するためには、様々な課題をクリアしなければなりません。限られた紙面ではそのすべてを記すことはできませんので、直面する課題「アクトヒブの定期接種化」に絞った課題を挙げることとします。
 早期定期接種化実現のポイントは、任意接種率をいかに上げていくのか、ということです。厚生労働省は任意接種により有効性と安全性を確認した上で、定期接種化の是非を検討するとしています。そのため、相応の接種事例の積み上げが必要であり、接種率の向上が早期の定期接種化に直結することとなります。
 この際に障壁となりそうなのが料金と同時接種に対する保護者の不安感だと考えられます。前者については、鹿児島市や宮崎市がヒブワクチンの任意接種費用の助成制度を創設しており、同様の取り組みが全国の自治体に広がることが望まれます。後者については、これは実際に接種に当たる小児科の先生方、育児に関わるという点で産婦人科の先生方や自治体の保健担当部局の方々に協力をいただきながら、啓蒙に努めていく事が有効と考えています。

 ●WHOの勧告から10年
 年間約600名が罹患していると推計されているヒブ髄膜炎ですが、千葉大学の石和田稔彦先生によると、近年は倍化しているとの報告がなされています。つまり、細菌性髄膜炎全体で約1000名といわれていたものが、ヒブだけでも1000名が罹患している可能性が高いのです。割合としては毎日3名の子どもがヒブ髄膜炎に罹患し、そのうち1人の子は、死亡・後遺症等の重篤な予後を辿っていることになります。
 WHOの定期接種すべきという勧告以来、既に10年の月日が経過しています。この間、ワクチンで防げる細菌性髄膜炎により命を失った子どもは300名以上、1000名以上の子どもたちが後遺症に苦しめられていることになります。

 ●一日も早く!
 ヒブワクチンは、既に全世界で1億接種以上の実績を有しています。日本人でも、海外在住時期などに接種した方は少なくないでしょう。これほどの実績を有するヒブワクチンが、いまだに国内販売すらされず子どもたちを守ることができない、こんな状態が許されるわけがありません。
 一日も早く、細菌性髄膜炎から子どもたちを守るワクチンの定期接種化が実現できるよう、先生方のご支援・ご協力を切にお願い申し上げます。(千葉県保険医協会事務局)
■群馬保険医新聞2008年7月号