【診察室】医療費問題

【2008. 7月 31日】

      オーストラリア入院体験報告            

             伊勢崎市・長沼内科クリニック 長沼誠一
 昨年見た映画「シッコ」で、アメリカの医療費はベラボーに高く、外国でもカナダやイギリス、フランスとは大違いとわかった。キューバの医療体制はまた特別だろうが、外国の医療制度については、わからないことが多い。「シッコ」の中で紹介されている手術例はごく一部と思われるが、実例は興味深く、医療制度を理解する助けになる。
 その実例も、医師が患者として体験した例は少ないが、はからずもオーストラリアでそんな不運な経験をしてしまった。

 ●事故の顛末
 昨年3月、オーストラリア東部ブリスベーン近郊へパラグライダーツアーに行ったが天気が悪かった。6日間の滞在予定のうち、飛べたのは夕方に短時間のみで、最終日にやっと晴れた。
 ガイドの案内する山へ行き、昼頃の風は普通だったが、午後は斜め前方から尾根沿いにくる海風が曲者だった。
 その海風による乱気流により、一人が飛び出し直後にあおられて、手を骨折し、片手で操縦して、なんとか牧場におりた。その仲間を励ますために、私も飛び出したが、一秒後、高さ10mほどで、パラグライダーの翼は左半分つぶれ、草地に落下。100m以上あれば、回復動作もできるが、この高さでは何もできず、強い衝撃で、両足動かず。これが思いがけない事故の始まりで、早速現地の救急へ連絡し、20分後には救急ヘリが飛んで来た。レスキュー隊員が下りてきて、担架に乗せられ血管確保、 10数分で、ブリスベーン郊外に降り、救急車に移される。
 多分、その後病院で、全身CTなどの検査をして、緊急手術となったが、記憶はなく、翌朝の脊椎専門の集中治療室で目が覚めた。両足が全く動かず、でも、手と頭は無事のようで、日本から持っていった携帯電話も枕元にあり、家族、友人と連絡を取った。
 運ばれた病院は、現地の724床の公立病院で、三次救急もやっている。担当の脊椎専門医は台湾出身の女医さんで、最初の手術後、脊椎外科医から、二度目の手術の必要性を言われた。その際に、二度目の手術は別の病院でと言われ、その通りにしたが、それはその脊椎外科医の収入確保のためと後でわかった。女医さんはここでも二度目の手術もできますがとも言ったけれど、詳しい説明はなかった。
 最初の病院で6日間入院し、数キロ離れた520床の私立病院へ移り、二度目の手術をし、リハビリを含めて11日間入院。その後、まだ寝たきりなので、医師、看護師付きで飛行機に乗り、日本に帰れた。

 ●公立と私立病院の医療費
 外国での入院は当然初めてで、医療費をどうするか、海外旅行障害保険が役に立った。 全ての医療費、帰国費用もこれらで殆ど賄え、さらにクレジットカード付帯の保険も役に立った。
 実際の医療費は、保険会社が全て払ってくれ、その明細も後で届いた。最初の病院は、ブリスベーンに三つある三次救急病院の一つで、724床の公立病院プリンセスアレグザンドラ病院。医療費は、日本と同様の妥当な感じで、手術代17万円と入院費6日分48万円の計65万円。
 それに対して、二番目の580床の私立病院グリーンスロープス私立病院の請求額はびっくりだった。入院費が11日で387万円、その他に検査代などが10万円。それとは別に、手術をした脊椎外科医に74万円、麻酔医に32万円、集中治療医に14万円で、計120万円。合計では517万円になり、これは「シッコ」のアメリカ医療と同じくらいの高額だ。
 数キロ離れただけで、こんなにも違うのかとびっくりし、入院費の項目を見ると理解不能の高額請求がある。最近、その病院へ医療費明細問い合わせをしたが、まだ返事はない。
 入院費387万円の請求額の下には、リベート(値引き)推定130万円などと意味不明の項目もあった。この病院のホームページを見ると、オーストラリアで一番の私立病院と自慢しているが、確かに請求書は一番かもしれない。この私立病院は、ラムゼイヘルスケアという会社が経営していて、どうもその辺が胡散臭く、アメリカ並みなのかなとも思う。明細問い合わせの回答はまだ来ないが、同じ規模の病院ながら、公立と私立で、こうも金額が異なる理由には興味がある。
 最近ネットで、アメリカ旅行中に気分が悪くなり、外来にかかった医師の報告を見た。 現金で払うと3万円の請求額が、保険支払と言ったら20万円に変わったそうだ。相手を見て請求額を変えるのをスライディングスケールというそうで、糖尿病では血糖値によりインスリン量を変えるのに使う。スライディングスケールが医療費にも使われているとは驚きで、足許を見るということかなとも思う。私立病院では、保険会社相手だと、吹っかけるような事をしているのだろうか。

〈救急ヘリ〉
 医療費の他には、救急ヘリは、オーストラリアで乗ってみて有効な手段と実感した。日本と違い、救急車も全て有料で、ヘリは1分1万円位の請求で、60万円だった。初日にヘリポートから病院へ移る救急車が8万円、転院時の救急車が3万円。日本へ帰る費用は、医師、看護師代が81万円、飛行機代300万円、救急車が国内も含めて30万円で、計414万円。まあ、寝たきり患者の搬送にはこのくらいかかるのも仕方ないかなと思う。

 〈病 室〉
 医療費以外の病院の印象もいくつかある。病室では、個室は良かったが、最初の病院の脊椎専門集中治療室は仕切りがカーテンだけで、周りがうるさく困った。この個室料金も治療費含めて、1日8万円から、集中治療室の25万円までと安くはなかった。
 日本では、個室の特別室の差額代が1日1万6千円と安かったが、部屋は狭く、トイレも車椅子で入れなかった。日本の医療費は安いが、やはり、相部屋などは快適性で望ましくなく、個室もまだ十分な広さがないようだ。
           *
 オーストラリアで2回の脊椎手術を受け、日本に帰って、5ヶ月のリハビリ入院を経て、なんとか職場復帰できた。
 内科の診療所で、院長不在時も、友人などの代診でなんとか継続でき、友人のありがたさが身にしみた。
 今は、車椅子から、松葉杖歩行になり、このまま行くと室内歩行はなんとかなるかなとも思う。しかし、パラグライダーで空を飛ぶ息抜きができなくなり、なんとかまた飛べるよう、リハビリに励もうと思う。しかし、もう入院体験はしないよう、慎重に行きたい。

■群馬保険医新聞2008年7月号