【診察室/麻酔科】 痛みの漢方治療 

【2008. 8月 12日】

【診察室】麻酔科
  
    痛みの漢方治療           

               伊勢崎市・大竹ペインクリニック 大竹哲也

 ペインクリニックでは様々な痛みの疾患に対して神経ブロックを中心にした治療を行っています。20年前にはこの領域には漢方薬は殆ど使われていませんでしたが、この15年ほどの間で痛みの疾患にも漢方薬は有効であると認識されるようになり、今では全国の多くのペインクリニックで使われるようになりました。
 東洋医学では「証」という概念がありますが、これは体質・病態などを捕らえる概念と考えてよいと思います。この「証」を見極めて漢方薬を処方することを「随証治療」といい、非常に大切と考えられています。最近の西洋医学においてもtailor  made  medicineという考え方が出てきていますが、東洋医学のいう「随証治療」はtailor  made  medicineの実践という概念と一致すると考えられます。
 東洋医学会においては、以前は症例報告が主流でしたが、ここ数年はEBMの考え方を重要視するようになりデータの集積も進んできています。本稿では疼痛性疾患のなかで漢方薬が良い適応と考えられる疾患群を概説します。

 1)腰痛症
 東洋医学の多くの成書には単に腰痛症として記載され、これは「腎虚」からくることが多いとされていますが、腰痛を訴えるものの中には種々の病態があり、青壮年の椎間板ヘルニア・椎間関節症などと高齢者の骨粗鬆症や変形性腰椎症を同列に論じるのは誤解が生じやすいと思われます。椎間板ヘルニア・椎間関節症などに対してはペインクリニックでは硬膜外ブロックや椎間関節ブロックなどを行いますが、これは非常に有効な治療となります。
 一方、漢方薬が比較的良い適応となる疾患は、高齢者に多い骨粗鬆症と変形性腰椎症です。変形性腰椎症は小腹不仁などの「腎虚」を認めることが多く、八味地黄丸や牛車腎気丸が有効なことが多いと考えられます。
 しかし退行期骨粗鬆症においては、「腎虚」の例はさほど多くはなく、むしろ「水毒」・「脾虚」が認められることが多く、桂枝加朮附湯の「証」が最も多い結果となりました。退行期骨粗鬆症に対しては、桂枝加朮附湯は鎮痛効果においてはNSAIDと同様で、かつ骨量の維持ないしは増加が多くの例で認められます。  
 骨粗鬆症の基本的な治療方針は、痛みのコントロールと骨量の維持ないしは増加をはかり、新たな骨折を防ぐということに集約されます。最近は死亡率にかかわる報告が注目されてきています。脊椎の骨折数が多いほど死亡率は高くなり、椎体骨折が3個以上ある場合には椎体骨折がない場合に比べ約4倍死亡率が高い事が報告されており、治療の必要性がより重要と認識されてきています。近年は確かなエビデンスが得られたbisphosphonate製剤が骨量増加と骨折予防に有効である事が認めら、骨粗鬆症の第一選択的薬剤として認められていますが、骨粗鬆症においては桂枝加朮附湯などの漢方薬が疼痛の改善だけでなく骨量維持ないしは増加が期待できる薬剤として次第に広く認められつつあります。骨粗鬆症に対する漢方治療に関しては、最近は基礎のデータも報告されるようになっています。

 2)変形性膝関節症
 変形性膝関節症は、漢方薬が良い適応となる場合が多い疾患と考えられます。東洋医学的にはこの疾患は「水毒」が基本的にある場合が多く、防已黄耆湯の良い適応となる事が多いと考えられます
ただし急性期には局所に熱感があることもあり、この時には消炎・鎮痛作用を期待して麻黄剤を用いると良い事が多く、またさほど肥満もないような例には桂枝加朮附湯なども有効です。冷えなどがある場合、附子を加えると効果が増強することが多いと考えられます。 
 
 3)帯状疱疹後神経痛
 帯状疱疹急性期はValaciclovirなどの抗ウィルス薬を投与し、同時に神経ブロック療法による除痛を行うことが、帯状疱疹後神経痛を予防するために最も効果的であると考えられています。
 一方、帯状疱疹後神経痛は帯状疱疹急性期に比べ神経ブロックの有効性は明らかに低く、患者も高齢者が多いため、神経ブロックにも制約が出てくることがあります。このため三環系抗うつ薬などの内服療法が一般的となりますが、現状では特効薬はありません。この時期の治療はもっぱら疼痛対策を主と考えて治療しますが、主に桂枝加朮附湯などの附子剤が有効なことが多いと思われます。

 4) 三叉神経痛
 三叉神経痛に対してはCarbamazepineが有効ですが、時に効果が減弱する場合や副作用が出現する場合があります。また神経血管減圧術などの手術を望まないか受けられないこともあります。このような症例に対してペインクリニックでは三叉神経ブロックを行いますが、少なからず侵襲を伴うことになります。
 三叉神経痛に対しては五苓散などの利水剤が有効な場合があります。なかにはCarbamazepineが不要となる著効例もいます。

 5)慢性頭痛やBarre-Lieou症候群
 片頭痛にはトリプタン製剤が非常に有効ですが、頭痛治療ないしは予防に呉茱萸湯などの利水剤が有効です。慢性頭痛では「水毒」のことが多いですが、「気滞」の場合もあります。鞭打ち症などに伴う難治性のBarre-Lieou症候群にも漢方治療は有効の場合があります。

 6)西洋薬が禁忌であったり副作用が生じる例
 神経ブロックが良い適応にならない有痛性の疾患に対しては内服治療が中心となりますが、西洋薬で副作用が出現したり禁忌であったりすることがあります。このような場合は漢方薬が有効な手段となり得ます。たとえばアスピリン喘息にはNSAIDは禁忌とされます。このような患者において変形性膝関節症などが併発する場合などは漢方薬による治療が非常に有用です。

 ペインクリニック対象疾患の中では慢性の疼痛性疾患の方が漢方治療の良い適応となる場合が多く、患者背景としては高齢者が多いことが特徴です。     
 以上、漢方薬が有効な代表的な疾患群につきその治療方針の概略をお示ししました

■群馬保険医新聞2008年8月号