傷の正しい手当て
―湿潤型創傷被覆材の使い方
前橋市・前橋皮膚科医院 大川 司
近年、傷の治療は乾燥させるのではなく、湿潤環境を保ったほうが速くきれいに治るとして、湿潤型創傷被覆材が開発され、最近では市販もされるようになりました。しかし、深い、汚い傷に貼ることで、かえって傷が悪化してしまうことも多くみられます。また消毒に対する考え方も最近では変わってきており、このような日常よくする傷の手当てについて皮膚科医の立場から書かせていただきます。
◎創傷治療に対する考え方の変遷
従来、傷の治療は消毒して乾燥させる方法が一般的でした。1962年、Winterは、傷を乾燥させて痂皮化させるより、ポリエチレンフィルムで密封して治療したほうが、2倍、上皮形成が速いことをNatureに報告しました。その頃より同様のエビデンスが蓄積されるようになり、1994年、AHCPR(米国医療政策研究局)は、傷は消毒せずに生理食塩水で洗浄し、湿潤させるべきとの臨床ガイドラインを示しました。本邦においても、同年、皮膚潰瘍に対する有効な治療として “乾燥から湿潤へ、消毒から生食洗浄へ”との考え方が、医学のあゆみに紹介されています。このようにして、最近10年の間にmoist wound healing(湿潤環境で傷を治す)の理論が受容されるようになりました。
◎創傷治癒過程と新しい創傷治療理論
創傷治癒は炎症期、肉芽増殖期、上皮形成期、再構築期に分類されます。炎症期には好中球、マクロファージが創部に浸潤し、感染防御の働きをするとともに、蛋白分解酵素を放出して損傷により変性した組織を分解します。肉芽増殖期に入ると、炎症細胞が放出したサイトカインの働きにより表皮細胞、血管内皮細胞、線維芽細胞の増殖が始まり、さまざまな増殖因子が放出されることで毛細血管に富む肉芽が形成されます。やがて、肉芽組織上に表皮細胞が遊走して表皮が形成され、創は閉鎖されます(上皮形成期)。
細菌を殺すことに主眼をおいた従来の消毒して乾燥させる方法ではこれらの浸潤細胞や増殖してきた細胞も障害し、滲出液中に放出されたサイトカインや増殖因子の働きも妨げてしまいます。その結果、かえって創傷治癒を遅らせてしまうと今日では考えられています。湿潤環境に保つことはこれらのサイトカインや増殖因子を保持するだけでなく、表皮細胞の遊走を助け、細胞増殖に適した温度も維持することから、創傷治癒に促進的に働く理想的な環境であるとされています。また、密封閉鎖環境は細菌・異物の侵入を防ぎ、内部のpHが5程度に保たれるために細菌増殖抑制作用もあると考えられ、疼痛緩和作用も期待できます。
こうしたmoist wound healingの理論に基づいて作られたのが湿潤型創傷被覆材です(表参照 08102.pdf )。
滲出液の量によって使い分けるのが一般的ですが、ずれの問題もあり、傷の大きさ、部位も考慮して用いる必要があります。
◎消毒に対する最近の考え方
皮膚欠損部に対しては組織障害性があるので消毒はしないのが現在の基本的な考え方になっています。頻回な消毒やガーゼ交換はかえって治癒を遅らせてしまいます。しかし、明らかな感染病巣に対して消毒が有用なことも事実であり、そのような場合、消毒を行い、抗菌外用薬を用いることが治療上、有効なことは動物実験からも証明されています。重要なことはまったく菌が付着していない傷はないということであり、感染徴候がなければ洗浄するだけで十分だと考えられています。洗浄には等張で無菌の生理食塩水を用いるのが理想的ですが、肉芽が形成された状態では組織抵抗性も高くなっており、滅菌水や水道水でも問題はないとされています。少量の菌であれば、その後、被覆材を貼っても先に記した理由より菌は増殖しないと考えられています。
◎創傷治療の実際と問題点
湿潤型創傷被覆材はすべての創傷に使えるわけではありません。最も良い適応は肉芽増殖期(褥瘡なら赤色期)後半から上皮形成期(白色期)であり、糜爛や浅い潰瘍には吸水作用のある創傷被覆材が適していると考えられています。明らかな感染や壊死組織、滲出液過多などが認められる場合には用いるべきではありません。壊死組織は細菌増殖の温床となり、被覆することでかえって傷を深く、大きくしてしまうことがあります。また、圧迫や血管障害による血行が悪い病変や栄養状態が悪い患者では十分な効果が得られないこともあります。
長期間貼ることで、カンジダ症を併発したり、テープでかぶれたりする場合もある点を知っておくべきでしょう。
湿潤環境での治療は生きた細胞を保護し、再生を促すことに主眼をおいた方法であり、従来からの治療法といかに使い分けるかが重要と考えます。最近ではハイドロコロイドを用いた湿潤型創傷被覆材が市販もされています。深い、汚い傷に貼ることで傷が悪化して来院する方も多くみられます。添付文書に従ってきちんと洗浄してから貼れば問題は少ないと思いますが、やはり、軽い擦り傷でもないかぎりは医師に相談してもらいたいものです。
■群馬保険医新聞2008年10月号