【論壇】 2008年をふり返る

【2008. 12月 25日】

 【論壇】

                     2008年をふり返る
 ◎はじめに
 1年で終わってしまった安倍晋三内閣同様、後を継いだ福田康夫総理も本年9月、ちょうど1年で政権を投げ出すという予想外の展開となった。後任の麻生太郎総理はと言えば、地球規模の不況・金融危機の渦中にあって的確なリーダーシップを発揮できないまま、ねじれ国会の溝を更に拡げている。
 11月には二階経済産業相の「医師のモラル」発言につづき、19日に麻生総理が全国知事会議で「医者は常識が欠落している」と発言するに至っては、ただただ唖然とするばかりである。
 他方、バラク・オバマ氏の登場は衝撃的だった。黒人初のアメリカ合衆国大統領として、新しいアメリカを予感する人も多いに違いない。私たちにとって、殆ど未知数であるが、「医師報酬削減案に反対し、全国民が妥当な費用負担で良質の医療が受けられるように、そして雇用主による健康的な職場環境の保全、政府による喫煙や肥満などの公衆衛生の重要課題の取組み…」といった医療政策に魅力を感じる識者も少なくないだろう。
 さて、こんな1年をふり返って気になるいくつかの事柄を整理してみたい。そこから浮かんで来るキーワードは、やはり「医療崩壊」である。

  ◎医師数不足 
 「医師偏在」と言い続けてきた政府が、2月12日「医師は総数としても充足している状況にない」と閣議決定し、正式に「医師不足」を認めた。11月16日舛添厚労相は講演の中で、「研修医制度の見直し」「労働時間短縮など医師の負担を軽減」「10年間で医師数を1.5倍にする」等を語ったという。
 わが国の医師数は人口1000人当たり2.0人(07年)で、OECDの諸外国並みにするには十数万人の増員が必要と言われている。ようやく医学部定員の増員が決定されたというが、今後どのような展開があるのか、はなはだ不透明と言わざるを得ない。

 ◎診療報酬改定
 4月には診療報酬が改定された。「外来管理加算の五分間要件」「リハビリ制限」「後期高齢者診療料の導入」など現場を知らない机上の空論であると批判が噴出したのであった。そして未だに改善を求める要求が絶えない。
 医療費総枠を縮小するという大前提のもとに繰り返されてきた診療報酬改定。そのたびに医療現場は混乱し、もうウンザリだというのが多くの本音かもしれない。

 ◎後期高齢者医療制度
 高齢者だけを別だての保険にくくり、年金から天引きまでして保険料の負担を強いた。「適正な医療」を確保するための老人保健法が、「医療費の適正化」を柱とした高齢者医療確保法に代わったという点を見逃してはいけない。
 この制度は経済的な理由で強行されたと言い切っていいと思う。全国1810市区町村のうち659議会が何らかの見直し要求を決議している。4野党が一致して参議院に提出した廃止法案が6月6日に可決されたことを見ても、いかに多くの問題点を孕んでいるか、分かろうというものだ。

 ◎採血器具の使い回し
 5月、微量採血用穿刺器具の使い回し問題が浮上した。実態とは大分ズレている危険性の指摘や、医療機関名公表が多くの反響を呼んだ。使い回しが「針」なのか「キャップやホルダー等の針周辺」なのか曖昧なまま報道され、患者の不安を煽り、現場の混乱を招いたのである。
 群馬県医務課からの第1回調査は医療機関名公表に関しての記載が無いまま進められ、2週間後の第2回調査でいきなり実名が公表された。多くの疑問や抗議の声が高まるなかで、患者と医療機関の信頼を根底から揺るがす調査ならびに公表の仕方に、当協会も厳重抗議した。

 ◎大野事件の無罪判決
 帝王切開手術で出産した女性が手術中に死亡した事に端を発し、執刀医が医師法違反で逮捕されるという前代未聞の事件は医療界内外に大きな波紋を投げ、そのショックは全国を駆け巡った。8月20日に無罪判決。
 逮捕から2年余、この事件をきっかけに産婦人科医のお産離れが全国で加速し、出産を扱う医療機関が相次いで閉鎖された。この流れは外科、麻酔科にも波及している。
 全力を尽くしても、結果が悪ければ罪人になる…医師たちにやりきれない思いを抱かせ、日本の医療全体に大きなキズを残した。
 当協会でも医師が逮捕された06年につづき、今年4月、求刑に際して抗議文を公表した。

 ◎患者たらい回し
 10月初旬、東京都内で救急搬送された妊婦が8病院に受け入れを断られて死亡した。
医療環境が整っているはずの大都市での「たらい回し」。
 同じような例が各地で発生していることが次第に明らかになるにつれ、救急医療体制の精度と能力を高める「緊急性」が大きく叫ばれている。
 医師の確保とそれを実現するための施策、なかでも産科医の過酷な労働環境の改善や周産期医療と救急医療の連係強化などが緊急課題としてあげられている。当協会でも活動の主要課題として「医療崩壊」に取り組み、討論会等を重ねてきたが、事態は緊迫の度を増している。
 ついでに一つ指摘したいのは「たらい回し」、あるいは「受け入れ拒否」という表現についてである。「受け入れ不能」とすべきだという新聞投書を見たが、如何であろうか。
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 こうして各方面で深刻さを増す医療崩壊の現実を見るにつけ、対症療法にとどまらず、根治的な手だての必要性をひしひしと感じるのである。
 群馬県保険医協会としても、引き続き理事会での論議を粘り強く積み重ね、建設的な要求や提言を模索しなければと思う。そして会員の力を集めて県民・市民と一緒になって行動することが大切であると痛感する。(副会長・木村 康)

■群馬保険医新聞2008年12月号