【診察室/歯科】 ビスホスホネート系製剤と抜歯と顎骨壊死

【2009. 2月 16日】

【診察室/歯科】
 ビスホスホネート系製剤と抜歯と顎骨壊死

             前橋市・協立歯科クリニック 半澤  正
 

 ◎抜歯をする前に…
 抜歯は、歯科医師にとって、実にありふれた処置です。私は、昨年1年間で200本以上の抜歯を行いました。抜歯の際に歯科医師が注意すべきことは、教科書的には多々ありますが、麻酔をして大丈夫か、出血傾向はないかなどを主に注意して判断していると思います。
 しかし、抜歯を治療の選択肢として決定する前に、まっさきに注意しなければならない問題がクローズアップされてきました。ビスホスホネート系製剤(以下BP系製剤と略す)との関わりです。
 BP系製剤は、骨吸収抑制作用があり、経口製剤が骨粗しょう症の治療薬として広く使われており、また、注射用製剤が悪性腫瘍による高カルシウム血症や固形癌の骨転移などの場合に用いられています(クリック→ 0902.pdf)。

 ◎抜歯後の顎骨壊死(自験例)
 私は、2007年1月に、10年以上継続して診てきた患者の処置を断念して、ある病院の口腔外科に紹介しました。歯科医師になって20年余、初めて経験するタイプの抜歯後のトラブルでした。それまでの経験では、抜歯後の経過が不良でも、抗生物質を少し長めに投薬すれば、多くは解決しました。それでもだめなら、抜歯窩の掻爬を行いました。それで解決しなかったことはありませんでした。しかし、その時はそうはいかなかったのです。ごくふつうに右下の第2大臼歯を抜歯しました。抜歯後の経過は良好のようでしたが、約3週間後、抜歯窩から排膿してきました。抜歯窩からゾンデを入れると、骨に直接当たり、そのことによる疼痛を患者は訴えませんでした。抗生物質を投薬し経過みましたが、抜歯から約2か月後、患者は抜歯部位の腫脹と疼痛を訴えて来院しました。再度、抗生物質を投薬して、炎症が落ち着いたところで抜歯窩を掻爬しました。広く剥離して、徹底的に掻爬し、新鮮骨面を確認して縫合しました。これで完璧に治癒すると思いました。
 ところが、約2週間後再び排膿、その後約2週間、抗生物質を投薬し続けましたが改善しません。再度の抜歯窩掻爬も考えましたが、自力での処置を断念して、ある病院の口腔外科に依頼しました。紹介から約2か月後、紹介先の口腔外科で腐骨を除去し、その後経過良好となりました。抜歯から約半年が経過していました。この患者は、右下第2大臼歯の抜歯の約2年8か月前から、骨粗しょう症のため、ボナロン(BP系製剤)を服用していました。

 ◎BP系製剤と顎骨壊死
 BP系製剤により、その副作用として顎骨に壊死を生ずる可能性があることは、2003年に初めて、米国で報告されました。その後、日本でも、注射薬での報告がされるようになり、おくれて内服薬での報告も増加しています。2006年10月に厚生労働省は製薬企業に添付文書の改訂を指示し、BP系製剤の添付文書に、顎骨壊死に関する注意が追加されました。2007年1月には、BP系製剤を製造・販売する製薬会社から、歯科処置に関連した顎骨壊死に関する注意喚起文書が医療機関・薬局に配布されました。2008年1月には日本口腔外科学会監修で「ビスホスホネート系薬剤と顎骨壊死~理解を深めていただくために」という小冊子が出されました(この小冊子はインターネットでダウンロードできます)。

 ◎歯科治療と顎骨壊死
ビスホスホネート系薬剤関連顎骨壊死(以下、BRONJと略す)の発生は、最初に紹介した症例のように患者に多大な苦痛を与えることになります。BRONJの危険因子としては、歯科外科処置(抜歯、インプラントの埋入、根尖外科手術、骨への侵襲を伴う歯周外科)、口腔衛生不良、ステロイドの使用、BP系製剤の長期使用などがあげられており、抜歯により表2のように顎骨壊死の発生リスクは上昇します。骨粗しょう症におけるBRONJ発現率は低いものの、現在、日本国内で、100万人以上が服用しており、けして無視できるものではありません。
 BRONJ発生予防のためには、BP系製剤使用の前に歯科検診を受け、可能な限りBP系製剤使用の前に抜歯などの外科処置を終了させ、歯肉などの歯周組織を良好にしておくことや、使用開始後も定期的な歯科検診・歯科受診で歯周組織を良好に保つことが推奨されています。また、骨粗しょう症によりBP系製剤を服用中に、抜歯などが必要になった場合の対応として、
①経口BP系製剤投与期間が3年未満でコルチコステロイド併用している場合、あるいは経口BP製剤投与期間が3年以上の場合は、患者の全身状態から経口BP製剤の投与を中止しても差し支えなければ、歯科処置前の少なくとも3か月間は経口BP系製剤の投与を中止し、処置部位の骨が治癒傾向を認めるまで、経口BP系製剤の投与を再開すべきでない。
②経口BP系製剤投与期間が3年未満で他の危険因子がな  
 い場合は、経口BP系製剤投与中止することなく、侵襲的歯科処置が可能。
などの目安が紹介されていますが、明確な根拠はないようです。
 先に紹介した症例もBP系製剤のボナロン服用開始後3年未満でしたし、また、ボナロンを発売している帝人ファーマに問い合わせたところ、2008年9月末までにボナロン服用患者にみられた顎骨壊死は82症例(重症42例、非重症40例)で、そのうち52症例はBP系製剤服用開始後3年未満とのことでした。他の骨粗しょう症用の経口BP系製剤でも同じような傾向にあるようです。
BRONJの治療法は現在のところ、経験に基づいて、試行錯誤している段階で、確実な治療方法はありません。壊死した顎骨に直接アプローチして、新鮮骨面を出すような処置は避け、極力保存的な方法が推奨されており、抗生物質の投与、口腔内洗浄、限定的な壊死組織の切除、完全に遊離した腐骨の除去などで対応するのがよいとされていますが、治癒しない症例も報告されています。

 ◎医科歯科の連携強化で…
 歯科医師の間には少なからず、不安がひろがっています。今までならば間違いなく抜歯していた歯の抜歯を、BP系製剤を使用しているということで回避するなど、治療方針の決定に影響しています。BP系製剤を服用している患者も、歯科治療に来て不安を訴えています。BP系製剤を処方する主治医と歯科医師との連携で、顎骨壊死を回避しつつ、患者のQOLを維持する役割が臨床の現場に求められていると思います。
■群馬保険医新聞2009年1月