【論考】ムンプスワクチン高崎市で一部公費負担に

【2009. 3月 24日】

   
【論考】
 
  ムンプスワクチン高崎市で一部公費負担に
  公費負担導入の経緯とわが国の予防接種の現状

         高崎市医師会予防接種運営委員会担当理事
                   
                              乾  宏 行
    

 関東ブロック小児科医会連絡協議会(関ブロ)というのがある。関東および山梨、静岡の一都八県から数人ずつ参加し、活動状況や問題点などの情報を交換しあう集まりである。年に二回開催され、今年二月の会が四七回目となる。私は立場上、数年前から出席しているが、他県の活動を聞き、大いに参考になったり、考えさせられることも少なくない。
 一昨年の関ブロで、各都県の任意予防接種(主にムンプス、水痘)の一部公費負担状況を報告する機会があり、そうした行政サービスを行なっていないのは群馬県だけであることを初めて知った。これは何とかしなければいけない。 
 まずは情報収集だ。医局の同窓に協力を仰ぎ、東京都のいくつかの区の具体的なやり方や実績を調べ、関ブロで配布された資料に加えた。これを基に、高崎市健康課に掛け合い、さらに市のほうからも可能なかぎり他県の実態を調べてもらった。また、群馬では前橋、高崎が先鞭をつけるべく、前橋市医師会の予防接種担当理事とも連携を図ることにした。

◎ムンプスワクチン/1回3000円を補助

 高崎市では昭和43年から、市保健福祉部健康課の予防接種担当者と医師会員合わせて20名ほどで「予防接種運営委員会」を組織し、市民の健康保持増進を第一義に話し合いを繰り返している。こうした関係の中、他県の状況、費用対効果などのデーターを添えて、財政へ予算要求の運びとなった。この間、健康課では部長、課長はじめ担当職員も趣旨を良く理解し積極的に働きかけをしてくれた。
予算要求では、「1人1回のみで3000円の公費負担、対象者は満一歳~就学前まで」としたが、折からの財政悪化の波を受けて、新聞報道のように「満2~4歳児」を対象とすることになった。1人1回だけなので年齢の幅を広げても多額の費用がかかるのは初年度だけであることを強調したが、このような形で決着した。しかし世界的な不況の中、曲がりなりにも一歩を踏み出せたことで、担当としては胸を撫で下ろしているところである。

 ◎Hibワクチン/厳しい製造基準

 さて、長年の念願であったHibワクチンが昨年12月、ようやく発売になった。このこと自体は喜ぶべきことであるが、世界の予防接種事情に眼を向けると、とても喜んでなどいられない。ご存知のようにHibワクチンは1998年にWHOが推奨し、現在世界120か国以上で定期接種となっている。しかも、DPT3混と一緒に「4混」、さらに不活化ポリオワクチンを加えて「5混」として接種している国がほとんどだ。
 製造元であるフランス・サノフィー社は日本の要求に応じてHib単独ワクチンを製造したが、その中にコンタミしているエンドトキシン量がWHOの基準をクリアーしているにもかかわらず、10倍以上厳しい日本の基準をクリアーできない製品があることがわかり、発売が大幅に遅れてしまった。
 厚労省は「安全に対して万全を期すため」と言っているが、本末転倒も甚だしい。世界120か国で10年以上前から使用されているワクチンを導入しないために、毎年30人以上の乳幼児が命を落とし、150人以上が重い後遺症に苦しんでいるというのに、この詭弁はないだろう。
 全国保険医新聞の記事にあったが、厚労省の考え方は「この病気で毎年30人死ぬことよりワクチンの副作用で1人でも死ぬことのほうが問題だ」というのが基本姿勢らしい。こんな考え方、誰が納得するだろうか。こういう考えで導入を見送っていることを公表して、国民の声を聞いたらよかろう。
 
 ◎ワクチン後進国

 これは水痘、ムンプス、肺炎球菌ワクチン(PCV7)はじめすべてのワクチンに当てはまることである。さらにこれらのワクチンを定期接種に組み入れることにより、接種料金を差し引いても1200億円の医療費削減になるとの試算も示されている。日本は世界で最もワクチン後進国であることを国民は知らされていない。
 先日行なわれた群馬県医師会の生涯教育講座ではワクチンがテーマに取り上げられた。新型インフルエンザおよびH5N1のワクチン、子宮頸癌の主因であるヒトパピローマウイルスのワクチン、そして日本のワクチンの現状と今後の展望について講演があった。
 パピローマウイルスワクチンについては、日本産婦人科学会では女性の国会議員も巻き込んで導入に向けて運動を展開しているようだ。その講演会の中で、ある演者が「厚労省と何度交渉しても埒が明かない。任意予防接種の一部公費負担化を地方レベルで草の根運動的におこして後押ししてほしい」趣旨のことを述べたが、座長の今泉県医師会理事は「群馬では来年度から、前橋市、高崎市でムンプスワクチンの一部公費負担が実現しそうな見通しである。しかし地方の財政は疲弊しており限界がある。ぜひ中央から定期接種化を実現してほしい」と切り替えした。
 まさにそうだと思う。 
   
 ◎誰のため、何のため

 先日「Vaccine Preventable Disease(ワクチンで防げる病気)に予防接種をしない日本は、世界から、国によるネグレクトだと笑われている」と常々主張している高名な予防接種の専門家とお話する機会があった。その場に日本小児科学会の予防接種委員を務めておられる某大学の小児科教授もいて、厚労省との交渉などにつき伺ったが、法学部出身の官僚は専門医の話に全く耳を貸さず、何を言っても理解してもらえない、とうんざりした様子だった。
 一九六〇年にわが国でポリオが大流行し数多くの子どもが苦しむ中、ソ連から超法規でワクチンの緊急輸入に踏み切り、小児マヒを激減せしめた当時の政府、厚生省の英断はどこにいってしまったのか。  
 厚生官僚は一体誰のための、何のための予防接種と認識しているのか。残念ながら、現在の官僚支配のシステムが変わらないかぎり、国民の健康が第一との視点に立った予防接種行政は望めないと言わざるを得ない。
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この話題になるとどうしても私はテンションが上がってしまう。行過ぎた表現などあったとしたら、ご容赦願いたい。また、「Hibワクチンをぜひ定期接種に!」という保険医協会の運動に水を差すものでは決してないことも合わせてご理解いただきたい。憂うべき現状をお伝えしたかったのである。(群馬県小児科医会副会長)

 編集部から/前橋市でも4月からムンプスワクチンの一部公費補助が始まることになった。対象は満2歳、3歳で1回3000円。   

■群馬保険医新聞2009年3月号