【論壇】
「患者様」から「患者さん」へ
病気を治してくれたり命を助けてくれたりと、とても頼りになる有難い存在として「お医者様」と呼ばれていた時代がありました。患者を普通に「患者さん」と呼んでいた時代から、いつの頃からか「患者様」と呼ぶ病院・医院が増えて、本来対等であるべき関係に歪みが生じてきているようです。
◎患者の権利意識
近頃、患者の権利意識が非常に強くなったという声をよく耳にします。少し親しみを込めて、「お医者さん」くらいが妥当な呼び方だと思いますが、「あの医者に××された」などと呼び捨てにされる場面も増えてきています。
『患者様は神様です』であれば良かったのですが、『患者様は神様を通り越えて王様に…』なってしまわれました。
医療者へのクレーム、理不尽な要求、迷惑行為、暴言・暴力、ネット掲示板での中傷、慰謝料、損害賠償、告訴等が急増してきています。そして「患者様」という呼び方を見直す動きも拡がっています。
◎「様」の蔓延
「○○様」という呼び方は、2001年11月、厚生労働省の「医療サービス向上委員会」 が出した、「国立病院・療養所における医療サービスの質の向上に関する指針」の中の「職員の接遇態度や言葉づかいの改善」の項目で、『患者の呼称の際、原則として姓 (名)に「さま」を付する』としたことが全国的に波及するきっかけとなったようです。
そこには「患者様」という総称を使えとは一言も書かれてはいません。個人名で呼ぶときに「○○さん」ではなく、「○○様」と呼ぶことを要求したものです。ですが、一般的に使われる「患者さん」という言葉まで「患者様」と言うようにと、誤って伝わってしまったようです。
「患者」は、「患(わずら)った者」という意味ですから、この言葉に尊敬語である「様 」を付けるのは、日本語として問題があります。言葉尻だけ丁寧な形にしても、決して丁寧な意味とはなりません。
病院の外来窓口・受付・呼び出しなどでは違和感なく聞こえる場合もありますから、 患者個人の名前を呼ぶ場合は「○○さま」でも「○○さん」でも好きな方を選べば良いと思います。
実際の診療の場面では会話やコミュニケーションに支障をきたすので「○○さん」の使用が多いようです。
総称したり、一般名称として呼ぶ場合は「患者」、或いは「患者さん」を使用した方が良いと思います。「患者様」という言葉は院内掲示・院内放送・学会発表等ほとんどの場合に不適切のように感じます。
例えばホテルの従業員と客の場合は主従関係がはっきりとありますから「○○さま」 と呼び、「お客様」と総称することに何の違和感もありません。しかし医療者と患者は対等な関係であるべき、医療者は患者と対等なパートナーシップを築くべきと考えるからです。
◎意外に根が深い?
言葉の使い方は本質的な問題ではありませんから、勿論「患者様」が好きな方は使われれば良いと思います。本当に患者さんのためを考えた医療を実践することが重要なのですから。
しかし医療関係者が「患者様」という言葉を多用したために、一部の人が「誤った権利意識」や「変なお客様意識」を持つようになったのも事実だと思います。「モンスターペイシェント」を生み出す土壌にもなっているでしょうし、医療崩壊を後押ししている危険性さえあることを考えてみる時期かも知れません。
「様」をつけるのは、「患者」でなく、姓(名)に対してであることを再認識していただきたいと思います。(理事・大国 仁)
■群馬保険医新聞2009年3月号