【論考】10年目を迎えた介護保険制度

【2009. 4月 21日】

       処遇改善にほど遠い介護報酬改定

                                                                   前橋市 松澤一夫
 介護保険制度は10年目を迎えました。少子高齢化はますます進行しています。この制度の予想を超える利用により給付費は増加し、開始直後より財源不足に陥っています。厚生労働省(厚労省)は過去2回、介護報酬を切り下げ、2006年には大幅な制度改正を行ない給付費を圧縮してきました。
 その結果、介護従事者は低賃金にあえぎ、短期間で離職する人も多く介護現場は崩壊しつつあります。さすがに政府も危機感を強め、09年4月から介護報酬の3%アップを決めました。

 ◎改定の視点
 厚労省は今回の改定の基本的視点として、①介護従事者の人材確保・処遇改善、②医療との連携や認知症ケアの充実、③効率的サービスの提供と新たなサービスの検証…の3点を挙げています。
 これらのうち第一の視点が最も重要です。報酬改正案では「サービスの特徴に応じた業務負担」と「業務従事者のキャリアに対する評価」を重要なポイントとしています。
 前者では、ケアにかかる負担が重いものを抜き出して手厚く評価しています。例えば夜間対応型訪問介護では、〈30%以上の介護福祉士を擁し研修等を実施している事業所〉が行なった場合、1回につき12単位を加算します。後者は、〈介護福祉士等の有資格者や勤続年数の長い職員が一定割合以上いる事業所〉に報酬を上乗せします。
 第二の視点「認知症ケアの充実」は、発症早期からの支援体制で地域生活の継続、家族負担の軽減を目標としています。つまり認知症ケアを行なう専門的キャリアや周辺症状が激しくなった時の対応等に加算します。
 第三の視点は、単位は低く抑え、手間のかかるものに加算するというものです。例えば、月あたりの利用者が一定数以上の大規模事業所の報酬は低くして、個別訓練のために専門職を手厚くした場合は加算できます。
 そのほかにも加算要件と単位が細かく決められています。解説書は辞書くらいの厚さになるので慣れないと使いこなすのが大変です。もっとシンプルでよいと思います。

 ◎高いハードル
 今回の介護報酬改定は基本報酬のベースアップは少なく、一定の算定要件を満たした時のみ加算するという特徴があります。この要件は厳しい経営を余儀なくされている事業所にとって越えることのできないハードルと思われます。先行投資して人手を増やす余有もなく、仮に無理して増員したとしてもうまくいくとは限りません。3年後の改定が読めず、二階に上げて梯子をはずす可能性が大きいからです。今回の改定ではごく一部の余裕のある事業所のみ加算の恩恵に預かれるにすぎません。
 3%の報酬アップが決定されたとき、「介護従事者の給与が2万円上がる」と報道されましたが、とても無理だと思われます。うまく加算が取れたとしても、事業所ではこれまでの赤字の補填や融資の返済で精一杯でしょう。

 ◎7.7%引き上げを
 介護従事者の処遇改善、つまり給与の引き上げを考えるなら、以下のようにすべきです。
 第一は厳しい要件の加算をやめて基本報酬をアップさせることです。
 第二は過去2回の切り下げ分4.7%(03年=2.3%、06年=2.4%)を元に戻して、これを疲弊した事業所の建て直しに使います。例えば、借金の返済や設備と人を増やすなどの投資です。今回の3%は純粋に従業員の人件費に充てるという仕組みを作ることです。以上のようにして合計7.7%引き上げれば2万円アップも夢ではなくなるかもしれません。

 ◎高齢者の負担
 介護報酬が増額されると高齢者の利用料および保険料にも影響が出てきます。一割負担の利用料は値上りします。保険料に関しては報酬アップにより増額される09年度は全額、10年度は半額、国が負担することになっています。高齢者にとって上がり続ける保険料は支払える限界にきており、頭打ちにしてもらいたいものです。

 ◎認定制度の見直し
 要介護認定も見直され、一次判定ソフトが大幅に改正(改悪)されました。認定調査項目を82から74に減らし、調査員の負担軽減をはかったとしています。さらに要支援2と要介護1の振り分けも行なえるようになりました。
 十分な検証もなしに見直されたため、認知症や寝たきりの人が実際より軽度に判定されると現場から指摘されました。これを受けて厚労省はあわてて3月半ばになり4月より施行する審査基準を一部修正しました。
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 今回の介護保険の改定は介護従事者の処遇改善からほど遠く、高齢者の経済的負担も重くなりそうです。走りながら考えるとしてスタートした制度ですが、利用する高齢者やサービスを提供する介護従事者の立場を考慮しないで、行政の一存で走っている印象を受けます。
厚労省は現場の声に耳を傾け、介護保険を高齢者にとって安価で利用しやすくする必要があります。同時に、介護従事者にとっても、ほかの産業並みの収入でやりがいをもてるように制度を変えていくべきです。そうすることで介護崩壊をくい止められる可能性があります。(松沢医院) 
■群馬保険医新聞2009年4月号