【論壇】新臨床研修制度の見直し

【2009. 4月 21日】

 若い医師の大学離れを促進し医療崩壊を招いたといわれる新臨床研修制度の見直し案が論議を呼んでいる。必修を内科、救急、地域医療に絞り、2年目から即戦力となる専門医への道を開く。大学に医師を呼び戻すため研修病院の基準を厳しくし、都道府県ごとに募集数の上限も設けた。医学生、これまで臨床研修に関わってきた病院、診療所の立場から見直し案についての意見を寄せてもらった。
   

  

 ●医学生は…
  性急な見直しは改革の流れに逆行

                        医学連25期中央執行委員長   宇敷 萌

 医学生は、基本的臨床能力を身につけ、患者さんの期待にもこたえられる医者になりたいと思っており、そのためにも研修制度がさらに充実することを願っています。今回進められている見直しは、医療界の十分な議論や到達の検証もないまま、これまで積み上げられてきた研修制度を後退させてしまうような内容であると感じます。
 提案されている内容では、必修科が内科・救急・地域に限定されるなど、実質的な研修期間の短縮、専門教育の重視となっており、これまでの医師として基本的な力をつけられるようにと進められてきた改革の流れを逆戻しするものです。地域で求められている医師の力量にもあわないと思います。
 全日本医学生自治会連合(医学連)では、卒後研修の見直しの動きをうけ、昨年(2008年)11月に「卒後研修に関する緊急アンケート」を全国で実施しました。その結果、研修希望先については、55%の学生が「(大学病院以外の)研修病院」を希望し、大学病院を希望している学生は22%にとどまりました。また、研修先を決める基準について5段階評価をしてもらうと、「病院やスタッフの雰囲気」が最も高く、次いで「希望分野での実績」「プログラムの充実」「症例数が豊富」「熱心な指導医の存在」が評価されていました。
 このように医学生は、「よりよい研修が受けられるか」という点を重視して研修先を選択しています。都道府県別に募集定員を設定し、結果的に希望しない研修先を強制されれば、モチベーションが低下して、研修後の定着が一層難しくなる可能性もあります。
 現制度下でも「指導医の疲弊」「プログラムの充実」など、医学生、研修医が改善を求めている点も少なくありません。医学生が魅力を感じられる研修プログラムや体制を整えることを重視すべきです。よりよい医師を育てる視点にたった研修制度の改善によってこそ、国民が求める医療への期待にこたえられるのではないでしょうか。
 研修医を含めた医師の地域・診療科偏在を是正するために、研修医を穴埋めにするのではなく、現在の医療者の厳しい労働条件の改善や医療費・社会保障抑制の政策の見直し、欧米より著しく低い政府の大学・大学病院予算の増額に、踏み出していくべきです。
 医師養成に国民の関心が高まるなかで、よりよい研修や医学部教育とは何かということについて、医学生としても、学習・議論を広げていきたいと思います。(群馬大学医学部5年)

 

 ●開業医として関わって…
  広い分野の研修経験で基礎体力づくりを

                        伊勢崎市・長沼内科クリニック  長沼誠一

 現在の臨床研修制度になって5年ですが、その成果を評価する前に、見直し案が出てきました。 
 20数年前に臨床研修を受けた私は、医学部学生の頃から興味がありました。学友会の中に卒後研修委員会があり、当時主流だった、専門にそのまま行くストレート方式に対して、内科、外科、小児科、産婦人科などを回るローテート方式が良さそうだという 問題意識がありました。
 その頃、問題提起をしていたのは、聖路加国際病院の日野原重明先生で、「医療と医学教育の新しい展開」という本も書き、大学祭の講演に来て貰ったこともありました。ストレート研修では、専門知識は早く身に着くが、専門から外れるとわからない。広い基礎知識、経験の上に立つ医師なら、どの分野に進んでも、より良い医師になれるのではないか。夏休みなどに、聖路加国際病院、徳州会病院、民医連病院などに実習に行き、話も聞きました。
 日野原先生の講演で心に残っているのは、40代にどんな場所で働く医師を目指すか、それを考えて研修すべきということです。
 大学での研究や、大病院の専門医を目指しても、必ずしもそうなる訳でもなく、広い分野の研修は役に立つ。医師の仕事も働く場所により異なり、研修医の頃にいろんなモデルを見て、自分の相性に合った場所を目指すのも大切です。
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 開業医の私が、臨床研修にかかわるようになったのは2005年、群馬大学の2年目研修医からです。研修医には1ヶ月の地域保健・医療研修があり、多くは、保健福祉事務所、老人保健施設、健診機関を選択しますが、産業保健を選ぶものもいて、群馬産業保健推進センター主体の研修になります。
 産保センターや専属産業医のいる事業所の他に、地域医療ということで、私の所にも1週間、毎年数名ずつ来ました。
 医師が1人の内科診療所では、研修の指導だけに時間をかけるゆとりはありません。高血圧など慢性疾患をどう管理し、かぜなど急性疾患はどう治療し、健診ではどう病気を見つけ、指導するかの体験です。
 外来診療の他に、寝たきり患者の訪問、嘱託産業医として企業での活動、夕方の勉強会参加など、開業医生活を全て見せました。昼休みや診療の合間には、心電図の見方や心臓超音波検査の実習なども入れました。
 研修後の感想が送られてきて、病院とは違った経験でよかったというものがあると、ホッとします。
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 現在の制度でも、開業医で地域医療の研修を受ける割合は非常に少ないようです。実際の地域医療の現場を経験しておくことは、研修医時代にも有用と思われます。
 見直し案にも地域医療1ヶ月は確保されていますが、その中味が問題です。開業医研修も考慮する必要があります。広い分野の研修経験は開業医になってからも生きるはずですし、研修内容を狭くするのは後戻りかなと思います。

 

 ●臨床研修指定病院として…
 入院三〇〇〇人以上の指定基準はなぜ?

                 前橋協立病院群管理責任者  深沢尚伊
   
 私たちの病院は、5年前の新臨床研修制度が導入される以前、1971年からプライマリー・ケアの視点で医師を養成する研修要綱を決め研修医を受け入れて来た。私自身この制度を利用し、初期2年で小児科・産婦人科・精神科・(当直に必要な)内科・外科知識と最小限の技術・未熟児新生児の初期研修を行ってきた。
 当院では「新臨床研修制度」開始には初年度から参加し、定員4名で募集を行い、これまでの4年間は定員いっぱいの研修医を受け入れてきた。〇07年度は希望者が七名いたため、面接などを通して3名の受け入れをお断りした。
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 200床にも満たない中規模病院での40年近くに亘る医師養成の経験から、今回の「見直し案」の「研修病院指定基準」について検討したい。
 新たな指定基準として五点上げられているが、「見直し」と銘打つほどの変化があるのは、「臨床研修を行うために年間入院患者3000人以上の症例があること」の一点であろう。これは、「新臨床研修制度」で大学の派遣機能が失われ、それが医療崩壊を促進させたという批判から、医師の大学回帰策と思われる。
 私たちのような中規模病院では、病床利用率90%超でも入院患者は2500人程度で、研修病院の条件を充たさないことになる。
 解説の中には「一定の経過措置」を設け、きめ細かな対応に配慮するとあるが、そもそも「入院患者数」が医師養成に関係があるのだろうか。数字を基準にするなら、病院全体の患者数ではなく、医師が関わった患者数になるべきだろう。全ての研修病院の(総患者数/研修医数)を計算して並び替えれば、圧倒的に大学病院は少なくなる。もっと言えば、研修医が二年間に指導医と一緒に担当した患者数とその内容が重要であろう。
 すでに臨床研修病院は、(財)病院機能評価機構の認定を受けなければならないという規定もあり、最近では、臨床研修病院の評価機構まで出現している。ここでの厳しい審査をクリアしている病院に、これ以上の「質」を云々する必然性は無い。
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 受験戦争を勝ち抜いても、経済的条件がなければ医師になるのが困難な時代になった。医学部を卒業した若者に初期研修で学んでもらいたいものは、単に狭い意味の医学・医療だけではない。さまざまな生活背景を持つ患者(最近では保険証も奪われ患者にもなれない人々にも)に共感の心や技術を持ち、さまざまな医療職種の人々との共同作業ができる姿勢である。そのような視点が研修病院には必須である。
 大学病院の派遣機能の低下が深刻なことは確かである。しかし、この制度は総合的な力量を持つ医師養成が主眼であった。そして研修医自身の選択肢をひろげた。国民の声に応えて厚労省自身が目指したことではなかったか。
 派遣機能の低下は「症状」あるいは「検査結果」であり、介入すべきは「対症療法」や「検査成績の改竄」ではなく、疾病そのものの治療である。
 大学医師の低賃金や労働・研修条件の劣悪さは言うに及ばない。教育・研究機能があればこそ大学と言えるのに、毎年運営交付金が1%削減され、病院関係交付金は2004年度584億円から2008年度には309億円と半減している。これを改善しなければ、たとえ大学に医師を集めても、研修医や教育スタッフの条件改善にも逆行するだけである。
 地域医療回復に向けて、病院の規模・有床無床を問わず、全ての関係者と行政が一体となって取り組むことが不可欠だ。それに水をさすような国の介入は不要である。

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「ぐんま派遣村」では研修医も医療相談に応じた(09年3月26日、写真=群馬民医連提供)

   

■群馬保険医新聞2009年4月号