【診察室/外科】乳がん検診の現状と課題

【2009. 5月 21日】

【診察室/外科】

   乳がん検診の現状と課題

                     前橋市/マンモプラス竹尾クリニック 竹尾 健  
 
 ◎はじめに
 女性の一般的なライフサイクルを考えますと、20~30才代で結婚してその後の10~20年くらいの間に妊娠・出産・子育てという重要な役割があります。このような重要で大変な役割を、仕事をしながらこなす方もいます。40才から50才前後の方は社会の第一線で活躍したり、まだ育児に追われていたり、あるいはこれらの役割が一段落してもう一度自分の人生を楽しもうという方も多いかと思います。日本人女性の平均寿命は80才を超えていますので、この年代以降に有意義に過ごす時間がたっぷりあります。ところが、この年代の女性をターゲットにして突然襲いかかる病気があります。乳がんです。

 ◎我が国における乳がんの現状
 日本人女性における乳がんの最近の動向について解説します。日本人女性の乳がん罹患率は近年上昇を続けていて、2002年の時点で女性の悪性腫瘍の部位別年齢調整罹患率は1位です(1)。このような増加傾向を見せている悪性新生物は乳がんと大腸がんだけです。また年代別罹患率は30才代から年齢とともに上昇し、ピークは40才代から50才代です(1)。まさに女性のライフサイクルの極めて重要な時期に多発する深刻な問題なのです。そして一生の間に乳がんに罹る女性は約20人に1人と言われています。このような乳がんの脅威に対して、私たちはどのように対処したらよいのでしょうか。

 ◎早期発見の重要性と乳がん検診
 乳がんの発症リスクは様々な要因に影響され、本人の努力によって改善される因子もいくつかありますが、確実な乳がんの予防法はありません。またどんなにリスクの低い方でも乳がんになる可能性はゼロではありません。したがって乳がんになっても命を落とさない、自分の生活や人生に対する影響を最小限に抑えるという対策が必要になります。そのためにあるのが乳がん検診です。
 乳がんは早期発見によるメリットが大きい癌です。ステージⅠまたはステージⅡで発見された乳がんの5年相対生存率は90%以上あります。一方、ステージⅢでは67.8%、ステージⅣでは31.5%と進行するにつれて急激に予後が悪化します(1)。それだけではなく、早期に発見された乳がんでは乳房温存率が高くなり、化学療法などのQOLを低下させる治療を回避できる可能性も高くなります。乳がんをより早い段階で発見し、良好な予後が期待できる時期に治療を開始すること。これが乳がん検診の目的です。ところが長年にわたって行われてきた“従来の乳がん検診”は、乳がんの早期発見に寄与していなかったようなのです。

 ◎乳がん検診の有用性
 ここで言う“従来の乳がん検診”とは、我が国で行われてきた視触診単独による乳がん検診のことです。ガイドラインでは、“視触診単独による乳がん検診は勧められない(推奨グレードD)”となっています(2)。この検診方法では乳がんの早期発見という目的は達成できません。それではどうすればよいのでしょうか。そこでガイドラインをもう1ページをめくりますと、“50才以上の女性に対して行われるマンモグラフィによる検診は強く勧められる(推奨グレードA)”と記載されています(2)。さらにもう1ページめくりますと“40才以上の女性に対して行われるマンモグラフィによる検診は勧められる(推奨グレードB)”と記載されています(2)。これはつまりマンモグラフィという検査が乳がんの早期発見に極めて有効ということなのです。
 その根拠は “マンモグラフィ乳がん検診により乳がんの死亡率が減少する”という事実が欧米の研究で実証されたことです。この結果を受け、我が国でも厚生労働省の通達で2000年からは50才以上、2004年からは40才以上の女性に対して隔年でマンモグラフィ併用乳がん検診を実施することになりました。現在、我が国で実施されている乳がん検診は、視触診を併用して50才以上の方は1方向(MLO)のマンモグラフィ撮影、40才以上の方は2方向(MLO及びCC)のマンモグラフィ撮影を隔年で行うという方法が一般的です。

 ◎乳がん検診の精度管理
 検診で重要なのは精度管理と受診率です。マンモグラフィ併用乳がん検診では、マンモグラフィ併用検診精度管理中央委員会(精中委)が検診に使用される撮影機器および撮影方法について基準を設定しています。また放射線技師及び読影医について、精中委が講習と試験を実施して資格を認定しています。マンモグラフィ検診に関わる施設や技師、読影医は原則としてこれらの基準を満たしています。
 またマンモグラフィの読影は二人以上の医師が別個に判定するダブルチェック方式です。読影資格は更新制で、5年ごとに試験を受け直して読影力を維持する体制ができています。こうした厳しい精度管理を行うことにより、検診の見落としは言うまでもなく、不必要な精密検査も防ぐようにしています。まだ検診方法や精度管理において課題は多く残されていますが、我が国で行われているがん検診の中では最も有効な検診の一つといえます。

 ◎乳がん検診の受診率
 それでは乳がん検診の受診率はどうでしょうか。平成18年度の全国市区町村を対象にした調査結果があります。乳がん検診受診率は調査対象の57%の市区町村で 20%未満でした(3)。一方、検診受診率が50%を超えている市区町村は7.1%に過ぎませんでした(3)。他にもいくつかの調査結果がありますが、いずれも満足すべき乳がん検診の受診率ではありませんでした(3)。
 乳がん検診がその本来の目的である乳がんによる死亡率減少につながるには、最低でも50%の検診受診率が必要と言われています。実際に検診受診率が50%を超えている国では、乳がん患者数が増えているにもかかわらず乳がんによる死亡率は減少しています。このような現状を考えますと、検診受診率を上げていくことが当面の急務といえます。それには検診体制の整備・拡充、検診施設および人員の確保、これらに必要な予算の確保など困難な問題が山積しています。また、検診受診率が低迷しているもう一つの理由として一般の方の乳がん検診に対する関心の低さが挙げられています。

 ◎おわりに
 乳がん検診の現状について述べてきました。一人でも多くの女性に乳がん検診を受けていただくことが、現在の最も大きな課題です。誰もが乳がんに罹る可能性があること、そして乳がん検診を受けることにより乳がんから生命を守れることを広く啓発していくことが必要です。それと同時に少しでも多くの方が乳がん検診を受けやすい環境を整え、より精度の高い検診を提供していくことが私たちの使命なのです。

(1)日本乳癌学会編 科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン5 疫学・予防 2008年版 金原出版
 
(2)日本乳癌学会編 科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン4 検診・診断 2008年 版 金原出版

(3)石橋忠司、山田隆之、斎 政博、他:マンモグラフィ併用検診の実態調査-地方自治体(市区町村)へのアンケート調査結果-日本乳癌検診学会誌 18:76-83 2009
■群馬保険医新聞2009年5月号