【論考】骨粗鬆症患者のビスフォスフォネート系薬剤について

【2009. 5月 21日】

 【論考】

  骨粗鬆症患者のビスフォスフォネート系薬剤について

  顎骨壊死を避けるために歯科医師に必要なこと

                    前橋市 天笠 稔

 ◎医師と歯科医師の意識のずれ
 私は、ビスフォスフォネート(bisphosphonate=以下BP)による顎骨炎に対し、医師と歯科医師の間にかなりの温度差が生じていると思います。
 2009年版『今日の治療薬』(南江堂)ではBP製剤の項目で、「最近、BP治療中に抜歯などの歯科治療がきっかけで顎骨壊死を生じたという報告がみられるようになったので、まだ因果関係は不明であるが注意が必要である」と記載されています。
 医科の先生は、この記述からは骨粗鬆症の患者にBP投与して何の問題があるのか、顎骨壊死は因果関係が不明なのだから、歯科の治療が原因なのではないかと思われるかもしれません。また歯科医師からの患者さんに関するBPの問い合わせに戸惑う先生もいるかもしれません。
 ところが歯科では昨年から歯科専門雑誌(歯界展望・デンタルダイヤモンド)でBPに関する特集を組んで、BP系薬剤関連顎骨壊死(Bisphosphonate Related Osteonecrosis of the Jaw=BRONJ)の告知に努めています。また日本口腔外科学会は「ビスホスホネート系薬剤と顎骨壊死」という小冊子で、日本歯科医師会では「ビスホスホネート系薬剤投与患者への対応Q&A」で、さらに製薬会社は「ビスフォスフォネート系薬剤の投与を受けている患者さんの顎骨壊死・顎骨骨髄炎に関するご注意のお願い」なるパンフレットで、歯科医師に注意を喚起しています。
 その結果、骨粗鬆症の患者でBPを服用している場合、私を含め歯科医師は治療に対し非常に慎重にならざるをえません。

 ◎注射薬と経口薬の顎骨壊死発生頻度
 BPといっても薬剤の種類により骨吸収抑制作用はピンからキリまであります。エチドロネート(ダイドロネル)の骨吸収抑制作用を一とすると、アレンドロネート(フォサマック・ボナロン)は百倍以上、ゾレドロネート(ゾメタ)は一万倍以上の効力があります。また投与方法によりBP系薬剤の吸収率は経口薬の1%以下に対し注射薬は50%以上と大きな違いがあります。
 この薬剤と投与法の違いはBRONJ発生頻度の違いにあらわれます。豪州におけるBRONJの調査結果によれば、顎骨壊死の発生頻度は悪性腫瘍で注射薬として使われた場合は0.88~1.15%、骨粗鬆症で経口薬として使われた場合は0.01~0.04%でした。さらに経口薬でも投与中に抜歯された場合、BRONJ発現率は約10倍上昇します。

 〈BPが必要なわけ〉
 骨粗鬆症により、骨の脆弱化による骨折が椎骨・大腿骨頸部・前腕骨遠位部・肋骨等に生じやすい。しかも骨折は死亡の原因となり得る。実際死亡率は、10万人当たり脳卒中154人、大腿骨頸部骨折163人でほぼ同じです。また5年死亡率も骨粗鬆症と乳癌は2.8%と同数となっています。さらに転倒・骨折は、脳卒中、衰弱に次いで寝たきりの原因の第3位となっています。
 一方、骨粗鬆症治療薬のエビデンスは、カルシウム剤・ビタミンD剤がC評価なのに対し、アレンドロネート(フォサマック・ボナロン)とリセドロネート(ベネット・アクトネル)はA評価を得ていて、BPは骨粗鬆症治療の第一選択薬に指定されています。

 〈患者のQOL〉
 脊椎骨折が多発すると脊柱後彎となり、さらに後彎が強くなると、消化器・呼吸器系の機能障害や慢性の腰背部痛などが続発します。また脊椎骨折により頭上の物に手が届かなくなり、家事にも不自由します。大腿骨骨折により歩行困難あるいは寝たきりになればかなりQOLが落ちます。

 ◎歯科医師として知っておきたいこと
1、BPによる顎骨壊死は、何らかの原因で顎骨が露出した場合に見られることが多いため、抜歯、外傷に注意すること。
2、ハイリスク群(ステロイド使用、BPの使用が3年以上)には抜歯など侵襲的歯科処置の前後3か月程度の休薬が必要であること。
3、顎骨壊死は経口薬より注射薬のほうが、また骨吸収抑制作用の強いBP剤のほうが発生しやすく、投与期間は長期投与例が発生しやすいこと。
4、BP系薬剤投与患者の処方医からは以下の情報の提供を得ること。
 ①原疾患:骨粗鬆症、悪性腫瘍、その他。
 ②BP系薬剤製品名。
 ③経口薬:服用開始時期、現在の服用状況(中止した場合は最終服用時期)。
 ④注射薬:投与開始時期、現在の投与状況、最終投与時期、今後の投与予定。
 ⑤中止または代替薬への変更の可否について。
5、顎骨壊死を発見した場合は、その症状、対処法、予後などを患者に十分説明し、処方医にBP系薬剤の投与中止の検討を求め、さらに症状に応じて高次の医療機関への紹介を行うこと。
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 今後さらに高齢化社会がすすみ骨粗鬆症患者は増加の一途をたどると思いますが、BRONJを危惧するあまり安易に歯科治療を避けたり、必要なBP系薬剤を休止することがないように、処方医と共通の認識のもと、密な連携をとりながら歯科治療を進めることが必要になってくると思われます。(天笠歯科医院)

■群馬保険医新聞2009年5月号