【論壇】日本の医療費は高いか

【2009. 5月 21日】

【論壇】

   日本の医療費は高いか
          ―海外の医療費比較から
       
                        理事 長沼誠一
  
 ◎虫垂炎で297万円
 小泉改革以降、削減が叫ばれる日本の医療費は、減らさなければいけないほど高いのか、海外との比較で考えてみた。
 海外旅行障害保険を扱う保険会社AIUの2008年の調査では、標準的な虫垂炎の入院治療費は、私立病院の個室利用で、ジュネーブの297万円を筆頭に、ニューヨークで216万円、パリ113万円、シドニー86万円となっている。
 日本の健康保険による診療報酬は40万円前後で、これはバンコクの40万円と同等で、香港の90万円、ソウルの63万円に比べても安い。海外との比較の際は、その時時の通貨の変動により、三割程度変化するが、傾向は変わらない。
 実際に、海外で医療を受けた私の経験からの比較もしてみた。

 ◎公立病院の10倍
 2年前、オーストラリアのブリスベーンへ、パラグライダーツアーに行った際、地形と海風による乱気流にあい、運悪く落下した。
 ヘリコプター搬送された病院は、724床の公立病院プリンセスアレグザンドラ病院。 その日に全身CTなどの検査をして、脊椎損傷で、腰椎固定修復術を受け、脊椎専門のICUに入った。そこでの脊椎神経外科の指導医の診断では、2回目の手術が必要とされ、別の520床のグリーンスロープス私立病院へ移った。
 旅行に行く際、AIUの海外旅行障害保険に入っていたので、これらの費用は全て保険で支払われ、現地でのお金の心配はなかった。しかし、帰国後に明細をみて、二つの病院の請求額の差にびっくりした。
 公立病院の6日間の費用は手術、入院費を含めて、65万円。それに対して、11日間の私立病院の費用は、入院費387万円と検査費10万円の他に医師費用120万円の計517万円だった。
 ラムゼイヘルスケアという会社経営の、その私立病院はオーストラリアで一番とホームページで謳っている。部屋や食事は良かったが、十倍もいい訳ではなく、一番なのは医療費額かと思った。
 入院費の明細の最後には、推定値引き130万円などとも書いてあり、三割ほど吹っかけた料金請求をして、後で保険会社に値引くのかもしれない。
 医師の費用も、手術医に74万円、麻酔医に32万円、顔も見ていないICU担当医に14万円となっている。この手術をした医師が転院をすすめた訳で、私立病院で2回目の手術をしたのは、自分に入るお金のためと納得した。
 オーストラリアでは、公立病院は高くないが、私立病院は高く、アメリカ並みかなと思う。

 ◎検査料に100倍の差
 アメリカでも、非営利病院と、株式会社病院で、医療費に大差があるようだ。日本の医療費と、非営利のサンフランシスコ総合病院、テネット社の経営する株式会社病院ドクターズメディカル・モデストとを比較してみた(表→クリック naganuma.pdf  )
 アメリカでは、メディケアなどを扱う非営利病院でも、日本の10倍、株式会社病院では100倍もの検査料となるようだ。
 私が産業医をしている会社のアメリカ駐在員が、胃の内視鏡検査をして、20万円の請求額だった。そんな高額な検査料もらえるなら、1日1人検査するだけでいいなと思ったことがある。 もっとも、医療訴訟の多い国ゆえ、収入の三割ほどは弁護士保険に取られるそうで、それは困る。
 私はビールが好きで、中瓶なら酒屋で300円弱だが、よく行く飲み屋では500円くらいが多い。これが1本5000円になると、おしりをさわれるようなあやしい店になり、5万円だとぼったくりバーとなる。日本の医療費は良心的な飲み屋と同じだが、アメリカ医療では、あやしい店並み、ぼったくりバー並みとなる。
 子供の心臓移植をアメリカでやるための募金の記事が新聞に出ることがあり、1億円目標などとある。何故そんなに高額なのかと不思議だったが、きっと、ぼったくりバー並みの医療費のためだろう。

 ◎経済危機と医療費
 昨年来のアメリカ発の経済危機で、アメリカの自動車会社が破産するかどうかが、ニュースになっている。強力な全米自動車労組の影響で、自動車会社は従業員だけでなく、退職者も医療保険の保証をしている。
 その医療保険も、医療費の高騰で、保険料が高くなり、販売した車1台当たり、14万円相当になるようだ。この金額は車を売った際の儲けと同額のようで、この高コスト体質も、経営危機の原因となる。
 何のことはない、アメリカの高額医療費が、自動車産業を追い込んだことになる。逆に言えば、日本の自動車産業が、アメリカより強いのは、日本の高くない医療費も一因となる。

 ◎受診で保険料アップ
 4年前、アメリカ ユタ州にパラグライダーをしに行った際、30年前の仕事相手を訪ねた。70歳になるモルモン教徒の彼は、パーキンソン病で治療中とのことで、その医療費も聞いた。
 ユニバックというコンピュータ会社の退職者医療保険を使っているが、薬代は自分持ちで、診察代は保険で出る。
 薬代は3ヶ月処方で、1回10万円となり、診察は年に1回だけと聞いて、びっくりした。 病状が落ち着いている際の3ヶ月処方は良いにしても、年に1回の診察では病状変化をどう見るのか。大企業の退職者医療保険を使っていても、この程度では、気軽に医者にはかかれない。 その辺がアメリカの平均寿命が低い理由のようにも思われた。
 その時パラグライダーに一緒に行った日本人は奥さんがアメリカ人なので、年に2回ほどアメリカに行く。そのため、アメリカの医療保険にも加入しているが、一度高額の病気をすると保険料が上がるようだ。つまり、自動車の任意保険と同じ仕組みで、事故を起こすと等級が下がり、保険料が上がる。車なら、乗らないとか、注意することで済むかもしれないが、病気ではそうは行かない。
 大企業などに勤めていない人は、既往歴などから、医療保険料が高くなり、加入しにくい仕組みとなる。この辺が無保険者4000万人とも言われる理由だろう。
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 世界保健機構WHOの報告では、日本の平均寿命は世界一であり、医療制度も世界でもっとも効率が良いとされている。
 飲み屋も医療も良心的なのがよく、そうできる環境を維持していくことは大切と思う。
 何でもアメリカにならえの小泉改革のほころびが、医療危機となって出てきている昨今だが、世界的にも高くない、良心的な日本の医療を維持するために、医療費削減は間違いだろう。
世界でもまれな、国民皆保険で、安心してかかれる体制を維持していきたい。(長沼内科クリニック)

■群馬保険医新聞2009年5月号