【論壇】
母乳育児のすすめ
理事 深沢尚伊
◎日本の動向
2005年度の乳幼児栄養調査に基づき、厚労省は07年3月に「授乳・離乳の支援ガイド」を発表した。その中で、生後6か月までは母乳だけで育てることを目標とすると記載(改定)されている。
妊娠中から母乳で育てたいと考えている人は96%に達している。このことから、授乳支援に関する基本的考え方が見直された。単なる母乳栄養率の向上や乳房管理の向上を目指すのではなく、それをスムーズに行うことのできる環境(支援)を提供することが重要だと述べている。素晴らしい視点だと思う。
大半の母親が母乳だけで育てたいと望みながら、それができないでいる。3か月時点で、ミルクに頼らない母乳育児は38%まで減少している。
◎国際的流れ
国際的な動きについてみると、多産多死のアフリカやアジアに販売拡大を狙ったミルク会社の進出によって、母乳栄養率は低下している。一方、貧困や非衛生的な生活環境のために乳幼児死亡率は増え続けている。
WHOは1981年の世界保健総会で、賛成118か国、反対アメリカ1か国、日本を含む3か国の棄権で、母乳代用品販売の「国際基準」を採択した。この動きはその後も続き、2005年には10の国連機関と三二か国で、母乳代用品についての販売に関わる規準が決められた。この時点でも、母乳育児の推進で1日3500人以上の子どもの命が救えると試算している。
また06年、アメリカ小児科学会と産婦人科学会は「Breastfeeding Handbook for Physicians 」を共同出版し、母乳推進運動にはずみをつけた。母乳再評価には目覚しいものがあり、さまざまな疾病に対する母乳育児の優位性のエビデンスが蓄積されてきている。
◎小児科医としての反省
私自身、産科のある病院の小児科医として、多くの認識不足を痛感している。
出生直後の沐浴などは昔話になってしまったが、新生児室に母子分離し、生後八時間からの糖水開始。10%糖水はさすがに飲めないと思い5%糖水に切り替えたものの、哺乳開始とともに嘔気・嘔吐で哺乳がすすまなければ点滴になるのが日常茶飯事だった。
しかし点滴が難しそうな病児の経過をみているうちに、点滴をしなくても何ら臨床症状がないまま、自然に飲めるようになることがわかってきて、今では新生児の点滴はごく少数に限られている。
また、新生児の足背をさすると歩行運動を誘発できると言われているが、私は母親に「原始反射で、すぐに歩けるわけではない」などと雑学知識のように話していた。しかしカンガルーケアを行うようになって、お母さんのお腹の上での足背の接触刺激がいかに重要な反射であったかを知らされた。(カンガルーケアとは赤ちゃんを母親がはだかの胸に抱いて、皮膚と皮膚を接触させながら保育する方法)
お母さんの乳首の香り、生後1時間の接触、母乳の分泌を促すためにも好きな時に好きなだけ飲める「おかあさんと一緒」…これらがいかに大事なことか、理解できるようになったのである。
◎男性医師も関わりを
私を決定的に変えたのは、昨年埼玉で開かれたNPO法人日本ラクテーションコンサルタント協会の「医師のための母乳育児支援セミナー」だった。200人近い医師が参加したが、驚いたのは男性医師が半数近かったことである。直接乳房に触れなくても有効な母乳支援ができることを知った。
成果の出る母乳育児支援をしたいと思ってからの学習は私にとってカルチャーショックの連続だった。WHOを先頭に、社会が母乳育児支援の力をつけようとしている意味がストンと胸に落ちた。
母乳栄養率が40%にも満たない現状は、支援不足、私たちの力不足ゆえであって、決して母乳不足が先にあるわけではないといまでは確信している。
◎「子育て群馬」運動を
当協会の柳川副会長が代表を務める「母乳育児をひろめる会」の電話相談が今年3月、24年の幕を閉じた。さまざまな支援方法の一つとして、電話相談は大きな意味があったと思う。相談の30%が「母乳不足感」だったという。頻回に授乳していいということが伝わるだけでも改善されることが多いと聞いた。まだまだ電話相談を続けてほしかった。
当協会では乳幼児医療費無料化をめざした「子育て群馬」運動という実績がある。それを「母乳育児支援宣言県」にまで押し上げるのも、群馬なら夢ではないと思う。(前橋協立病院・院長)
■群馬保険医新聞2009年6月号