【診察室/耳鼻科】
耳鼻科で往診を始めたわけ…
渋川市/川島医院 川島 理
◎往診をはじめたきっかけは―
介護保険制度のスタートを機に、漠然と「耳鼻咽喉科医として何らかの形で在宅医療に貢献できないか」と考えるようになりました。とはいえ、介護保険が適用される診療に耳鼻咽喉科医がかかわる余地はありません。医療保険による在宅診療も、主治医である内科の先生が多くを担います。一方で、在宅医療に従事している内科の先生からは「のどはある程度診ることができるが、耳や鼻はどうも…」という声をよく聞きます。そこで、在宅医療の中に耳鼻咽喉
科の専門性も必要ではないかと考え、まず耳鼻咽喉科の往診という選択肢を設けることにしました。
耳鼻咽喉科の往診への障害は、科の特性上さまざまな医療器具が必要なことでした。外来のユニットを持っていくわけにはいきません。その点、昨今の技術の発達や介護保険制度の導入に伴い、手軽に持ち運びができる機器がいろいろ登場してきたことは渡りに船でした。往診で使用可能な小型オージオメーター、バッテリー付き額帯鏡、吸引器・スプレー・吸入器・耳管通気の4 機能を備えたモバイル・ユニット、 ファイバースコープ用の携帯型光源なども入手可能となりました。
患家での川島医師
◎実際の往診は―
[方法] 完全事前予約制です。診療内容により、持っていく器械が変わりますので、まず訪問看護をされている看護師さん、もしくは付き添いのご家族の方など、病状を詳しく理解されている人からの病歴を採取します。それにより、日時の調節を行い、携行する診療用具や薬剤、看護師同行の必要性などを判断します。
[往診対象] 原則として寝たきり、もしくはそれに準じた方としています。
[対象疾患] 聴力障害・補聴器相談・耳垢除去、鼻閉・口腔内の異常・燕下障害など耳鼻咽喉科領域全般となりますが、時間の関係で急病・急変による疾患はお断りしています。
[往診時間] 訪問する場所や診察内容によりますが、診療時間外ですから、月・水・金曜の昼休み(午後1時30分ごろ)と木曜日午後。以前は夜間もしていましたが、従業員の手配が困難なことや私自身に会議・会合が多く、現在は行っていません。
[対象地域] 当地区広域圏である渋川市と北群馬郡で、片道20分以内で行ける地域。
[料金] 通常の保険診療と同じ点数で、負担割合も保険扱いです。往診料が加わりますので、外来受診時より若干割高になります。
◎実際に多い患者さんは―
やはり、耳漏・難聴など耳科領域の問題で呼ばれることが多いです。耳漏は、ほとんど幼少時からの慢性中耳炎によるものです。難聴の場合、耳垢が多く耳垢除去でよく聞こえるようになることもありますし、補聴器を処方することもあります。
耳垢を取るのに往診を頼むのは気が引けるという方が多いと思いますが、寝たきりの状態の人ほどQOLへの配慮が必要ですから、介護現場での耳垢除去は決して軽視でき
ないと実感しています。ただ、最近は規制緩和の名のもとに、介護者ができる処置の拡大により、「不適切な耳処置」を受けて、かえって悪くしている例も多くみられます。下手をすると傷害行為につながりますので注意が必要です。
また、「寝たきりだから」「外出しないから」と、高齢者の難聴は放置されがちです。痴呆のない人が、難聴のために「呆けている」と誤解されていたという話などもよく耳にします。ですから、個々の患者さんに合った補聴器を紹介し、また正しい使い方を指導することも、耳鼻咽喉科専門医にしかできない大事な仕事と思います。この分野も、最近は訪問販売業者がふえ、「手指の不自由な人に高額な小型補聴器を訪問販売するような悪徳業者」も出てきており、こうした被害を未然に防ぐためにも、在宅医療に耳鼻咽喉科医がかかわっていく必要があると考えます。
◎今後の課題と展望は―
最大の課題は、やはり時間のやりくりです。医師1名の診療所の場合、日常診療に携わりながら往診に対応するには、昼休みや休診時間を利用するしか方法がありません。しかし実際は、学校医・地区医師会の仕事だけでなく、医療関係以外での仕事も増え、なかなか十分な時間が取れないのが悩みの種です。したがって、往診の案内を大々的に行うことは控えています。社会福祉協議会や訪問看護ステーションの職員に「往診のニーズがあれば対応しますよ」と声をかけたり、ホームページでお知らせしているくらいです。
また、在宅では十分な処置ができないことです。往診に使える診療器具があるとはいえ、診療室と違って一般の家庭内での診療では、十分な診察や処置ができない場合もあります。疾患によっては頻回な処置が必要な場合がありますが、そう頻繁に往診もできません。また、器具などの都合で診療に制限がでてしまうことです。場合によっては、なんとか外来に来てもらうこともあります。
ですから、往診はあくまでも困ったときの選択肢であり、安易な依頼が増えても困ります。また、実際に声をかけたものの、十分な対応がタイムリーにできないとなれば、患者さんの期待を裏切る結果になってしまいますから、少しずつ声をかけて実績を積み重ねていこうと考えています。
在宅医療における耳鼻咽喉科診療のおもなテーマは、QOLの改善と一般的な疾患治療にあります。生死にかかわる深刻な事態や、危急への対応を迫られることは非常に稀
です。耳鼻科領域の病気は、「年のせいだから」「わざわざ往診してみてもらうほどでもないのでは」と、悪く言えば「耳くそ・鼻くその類」と軽視されがちです。それだけに患者さん本人も家族の方も、不調に気づかなかったり、気づいていても放置してしまうことが少なくないと思われます。耳鼻咽喉科の往診があれば、そういった在宅医療の穴を埋めることができます。
地域社会の高齢化が加速するなか、当院としては耳鼻咽喉科往診を継続し、微力ながら在宅医療を応援していく所存です。
■群馬保険医新聞 2009年8月号