【診察室/歯科】 ビスホスフォネート製剤とインプラント

【2009. 9月 24日】

 ビスホスフォネート製剤とインプラント

    東京歯科大学 口腔健康臨床科学講座口腔インプラント学分野 准教授 関根 秀志

 ◎身近になったインプラント治療
 何らかの原因で不幸にも歯を失った場合、人工的に歯列を回復する必要を生じます。従来、ブリッジや取り外しの入れ歯で回復されてきましたが、最近では人工歯根:インプラント治療が一般に広く用いられるようになってきております。歯科領域におけるインプラント治療では、歯が抜けてしまった後の歯茎に人工の歯根を適用し、その上に歯冠を取り付けます。隣り合う残存歯に対して負担を増やすことなく、動揺の少ない歯を回復することができ、治療効果に期待が高まっています。
 インプラント治療の歴史は古く、国内においても様々なインプラントが臨床に応用されてきました。歯を失った部位の顎骨と歯肉の間に設置するもの、顎骨内に設置するものなどがあり、形状や材質も様々なものが使用されてきております。しかし、それらの多くについては長期的な成績が不明であり、撤去を余儀なくされた場合の侵襲が少なくないことから「怖い治療」、「危ない治療」という認識が定着してきました。これに対して、1960年代にスウェーデンで臨床応用が開始されたチタン製ネジ型の骨結合型インプラントは、治療術式が確立されており、その臨床成績は極めて高いことから、従来のインプラント治療に対してその信頼性は一気に高まりました。本邦へは1980年代に紹介され、臨床応用がスタートしています。
 国内では、2008年に約68万本のインプラント体が出荷されており、これは2000年と比較して約4倍となっています。健康雑誌やインターネットなどにも膨大な情報が掲載され、一般への知名度も高まり、患者からインプラント治療についての問い合わせを受ける頻度も高まっています。
 

 ◎負担の大きなインプラント治療
 インプラントの治療効果が高いことはすでに述べた通りですが、インプラント治療には、①外科的処置を要する、②治療期間が長期に及ぶ、③治療費が高額である、という欠点があります。そのため、他の歯科治療に対して「敷居が高い」、「負担が大きい」治療であるといえます。また、インプラントの治療成績は決して低いものではありませんが、インプラントが骨に生着しない、生着したインプラントに不具合を生じるなどの偶発症の発生は避けられません。そのような際のインプラントの撤去や再治療には、更に大がかりな治療を要する場合も少なくなく、④リカバリーに大きなエネルギーを要することが欠点に付け加えられます。
 従いまして、インプラント治療の適用にあたりましては、その有効性と安全性について十分な検討を要します。「とりあえずやってみよう」、「うまくいかなければやり直そう」など、安易に治療を開始すると、思いのほか治療の負担が大きくなり、患者さんに迷惑をかけることになります。
 加えて、インプラント治療の適用頻度が高まるにつれ、インプラント治療術後の不具合に関わる医事紛争も増加しています。昨年には、インプラント埋入手術に端を発する死亡事故が報告されており、インプラント治療の適用には慎重にならざるを得ません。

 ◎ビスホスフォネート製剤
 ビスホスフォネート製剤(BP製剤)は、骨の吸収を抑制する作用を有しており、骨吸収が亢進する様々な骨代謝疾患に対して用いられています。特に、悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症や癌に伴う転移などの骨病変に対する注射適用の治療効果が高いとされています。さらに、骨粗鬆症の治療ではBP製剤の経口投与が第一選択となっており1)、現在、日本国内に約1000万人が罹患しているといわれている骨粗鬆症患者に対して広く用いられています。
 骨粗鬆症では、骨に微小な孔を多数生じます。そのため、骨質が脆弱となり、骨の変形や痛み、骨折などが多発します。この骨質の劣化は、インプラントの骨結合獲得と長期維持に対するリスクファクターと考えられています。従いまして、骨粗鬆症患者に対するインプラント治療の適用は極めて慎重に行われなければなりません。

 ◎ビスホスフォネート製剤に関連する顎骨壊死
 (Bisphosphonate Related Osteonecrosis of the Jaw:BRONJ)
 一般に、歯や歯周組織の炎症など、様々な原因で顎骨壊死、顎骨骨髄炎は起こります。当該部位の痛みや、その周囲の腫れ、瘻孔の形成、骨の露出などを生じます。これに対して、化学療法や一部の理学療法とともに外科的な対応が実施され、一定の効果が期待されます。
 ここで、BP製剤の投与を受けた患者には、通常の治療による効果が期待できない顎骨壊死が生じる可能性があることが報告されています。そして、①顎口腔領域の骨露出が、8週間以上継続し、②その部位に対する放射線治療の既往がなく、③BP製剤による治療経験があるものについて、ビスホスフォネート製剤に関連する顎骨壊死(Bisphosphonate Related Osteonecrosis of the Jaw: BRONJ)という病名に診断され、一般の顎骨壊死と区別されるに至っています2)。BRONJの発生機序はいまだ明確となっておらず、その発症には投与薬剤の種類、投与量、投与方法、投与時期などとのかかわりが指摘されています。ここで問題となるのが、重度の感染や骨露出を伴うBRONJに対し、短期間で劇的な治療効果を期待できる対応が確立されていないこととなります。外科的処置や高圧酸素療法などの有効性は確認されておらず、感染対策と疼痛管理が主な対応となりますが、多量の非ステロイド性抗炎症薬によりBRONJの症状が悪化するとの報告があり、注意を要します3)。
 BRONJの発症頻度は、BP製剤投与例全体で0.05~0.1%と決して高い頻度ではありませんが、前述したように効果的な治療法が明らかではありません。さらに、BP製剤投与中の抜歯施行例における発症頻度が0.37~0.8%と上昇することから、BP製剤の使用経験のある患者への歯科処置には十分な注意を要します。
 BRONJを引き起こす可能性のある歯科処置としては、抜歯に加え、根尖外科処置、骨への侵襲を伴う歯周外科処置、さらにはインプラント外科処置が挙げられます。義歯による床下粘膜の外傷から発症する頻度が高いことも報告されており、歯科処置においては、創傷を引き起こす処置を極力避け、保存的な処置を心がけ、口腔衛生管理に努めることが推奨されています。また、BP製剤の投与が必要となった場合には、投与開始前にBRONJ発症の危険因子と考えられる歯科処置をあらかじめ実施してしまうことも重要と考えられています。
 一方、経口BP製剤による治療期間が3年以上である場合、もしくはステロイド製剤による治療を併用している場合にはBRONJの発症頻度が高まるとされています。そのような状況において、侵襲的歯科処置を行わなくてはならない場合には、少なくとも施術3ヵ月前から治療部位の骨の治癒傾向を認めるまでの期間の休薬が必要とされています。しかし、BP製剤の投与、休薬について、主治医の許可なく歯科医師が指示をすることは許されません。したがって、患者への十分な説明と理解をもとめ、主治医に協力を求める対応が必須となります。口腔内に、いかに侵襲的歯科処置を要する急性症状を認めたとしても、性急な処置を避け、保存的な対症療法と口腔衛生管理、感染予防を第一とすることが重要です。
 BP製剤の投与治療を要する骨粗鬆症への罹患は、高齢の女性を中心に一定の頻度であることを考えると、日常から口腔環境を整え、外科処置が必要となるような重篤な歯科疾患を予防することが重要と考えられます。そして、何にも増して、歯科医師は患者の口腔内のみに目を向けることなく、常日頃から患者の全身状態、既往症や投与薬剤について、十分な問診により把握しておくことが求められます。
 
 ◎BP製剤投与患者に対するインプラント治療
 インプラント治療は、歯が失われたことに伴う形態的、機能的な障害を補うための、きわめて有効な手段と考えられます。しかし、治療に関わる患者・術者の双方への負担の大きさを考えると、安易に適用されるべきものではありません。インプラント治療により、間接的にBRONJのような重篤な疾患を惹起することが頻発することにより、インプラント治療自体が芳しくない評価を受けることにつながることが危惧されます。たとえ、個人的な同意が得られていたとしても、その結果が社会に与える影響を考えないわけには参りません。したがって、歯の欠損に対して保存的な治療が可能と考えられる場合には、BP製剤投与患者に対するインプラント治療は慎むべきと考えます。
 また、BP製剤投与の顎骨への影響について知識を深め、そのことを患者に対して十分に説明し理解を求めることが医師・歯科医師の責務と考えます。
 
 参考資料
1)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2006年版 
  骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会 
 http://minds.jcqhc.or.jp/stc/0046/1/0046_G0000129_0001.html
2)厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル
   http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/tp1122-1.html
3)口腔外科学会
  http://www.jsoms.or.jp/pdf2/bone_bisphos.pdf

■群馬保険医新聞2009年9月号/診察室