【診察室】小児科
小児の慢性咳嗽と咳喘息
高崎市/重田こども・アレルギークリニック 重田 誠
咳嗽(がいそう)は小児の呼吸器症状の中で、保護者が最も気にする症状です。小児の咳嗽の原因は非常に多岐にわたっており、また反復性の咳嗽や慢性咳嗽の原因診断は、乳幼児の場合困難なこともあります。最近、咳嗽が長引くために当院を受診する患者さんは、「気管支喘息(以下喘息)」あるいは「咳喘息」と診断されて治療を受けていることが多いようです。確かに喘息や咳喘息の患者さんもいますが、それ以外の原因による慢性咳嗽のことも多いのが現状です。ここでは慢性咳嗽を中心に、咳嗽が持続する児の診断や治療について、開業小児科医の立場から少し述べてみたいと思います。
1)慢性咳嗽の定義
成人の慢性咳嗽とは8週間以上継続する咳嗽のことですが、小児の場合は明確な基準はありません。発症3週間以内の咳を「急性咳嗽」、3週間を越えるものを「遷延性咳嗽」、8週間以上持続する咳を「慢性咳嗽」とする定義もあ
ります。
またACCP(American College of Chest Physicians)では小児の場合は、4週間以上持続する咳を「慢性咳嗽」と定義しています。実際には、咳が2~3週間以上持続する場合には、親の心配も強くなり原因診断を希望することが多いと思われます。
2)慢性咳嗽の分類
慢性咳嗽の原因は非常に多く、マイコプラズマや百日咳などの気道感染症、後鼻漏症候群や副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎などの鼻関連疾患、気道感染後の気道過敏性亢進による咳嗽、喘息や咳喘息、成人の場合のいわゆる“アトピー咳嗽”、胃食道逆流症や心因性咳嗽、習慣性咳嗽などがあります。小児の場合には、咳嗽の原因疾患は年齢的にも異なります。また頻度は低いですが気管支異物や気管支系、血管系の構造的な異常が慢性咳嗽の原因になることも考えておく必要があります。
3)診断へのアプローチ
慢性咳嗽の診断には、成人の場合は呼吸器学会のガイドラインがありますが、小児の場合には明確なガイドラインはありません。小児の慢性咳嗽の診断には、咳嗽の経過やその性状、他の随伴症状などの臨床症状の詳細な問診や検査を、児の年齢も考慮して行うことが重要です。乳幼児は多くの呼吸器感染症に罹患し、また成人に比して気道感染後の咳嗽も長びく傾向にあります。軽症の呼吸器感染症を連鎖的に反復している場合で、咳の程度が軽く、患児や親のQOLに問題のない場合は、親への説明をよく行い、無用な検査をせずに、経過観察を行うのが最良の方法です。しかし対症療法のみで時間を費やして、必要な診断を行わないことは重要な疾患を見落とす可能性もあり、咳嗽だけでなく、他の症状や患児のQOLを総合的に判断して診断や治療を行う必要があります。
開業小児科医で可能な検査は、胸部X線、マイコプラズマや百日咳の血清学的検査、アレルギー学的検査などに限られています。慢性咳嗽で受診した場合、小児でも必ず胸部X線撮影を行っておく必要があります。また鼻症状の関係が疑われる場合には、耳鼻科との連携で検査や診断を行うことが必要です。さらに気道過敏性検査や胸部CT等の検査が必要な症例では、大学などとの連携も必要です。β刺激薬や抗喘息薬に対する治療反応性も治療的診断に有効ですが、効果が限定的である場合には注意が必要です。また小児では、百日咳や肺炎クラミジアの診断には注意が必要です。百日咳では岡田らの診断基準などを参考に診断を行い、肺炎クラミジアでは小児では成人に比してIgG,IgA抗体が上昇しないことに注意して、尾内らの診断基準を参考に診断を行う必要があります。また小児では頻度は少ないですが、胃食道逆流症(GERD)による咳嗽の可能性も考えておく必要もあります。群馬県では、小児GERDの検査が可能な医療機関は限定されますが、臨床的なGERD判断基準を参考に、H2阻害薬やプロトンポンプ阻害薬による治療的診断も考慮する必要があります。
4)治療と問題点
慢性咳嗽の場合、あまり原因診断をしないままに治療的診断が行われることが多く、感染症がなく、咳嗽が継続すると喘息や咳喘息としての治療が行われる場合が多いようです。β刺激薬やロイコトリエン拮抗薬がやや効果的であると、喘息と診断して治療を継続してしまうことがあります。しかし、これらの薬剤は喘息でなくても一定の効果をもち、特にロイコトリエン拮抗薬はアレルギー性鼻炎や後鼻漏症候群などにも効果があるため、「ロイコトリエン拮抗薬の効果がある」=「喘息」と考えない方が良いと思われます。咳喘息として数ヶ月治療を受けていたが改善しないため当院を受診する患者さんの約半数は、副鼻腔炎や後鼻漏症候群などの鼻関連疾患であり、治療後は全く抗喘息薬を必要としない症例がほとんどでした。
特に最近気になるのは、診断基準(表= sigeta.pdf ←クリック」 )を満たさないような症例にも“咳喘息”の診断がやや安易に行われていることです。β刺激薬の反応性が悪く、抗喘息薬の反応性が悪いにも関わらず、喘息治療管理ガイドラインに従ってステップアップをしている症例も散見されます。吸入ステロイド+β刺激薬+ロイコトリエン拮抗薬などを使用しても、反応性が悪い場合は、小児では喘息や咳喘息ではない可能性が高く、鑑別に立ち返ることが必要です。また治療を行う場合は、必ず喘息日誌などで咳の状態の記録をしてもらい、薬物療法の効果を評価することが重要です。
5)治療に難渋する症例
多くの症例は、鑑別診断とその後の治療で改善しますが、非常に難しいのは基礎に気管支喘息などの疾患があり、そこに心理的要因が加わっている症例です。心因性咳嗽や習慣性咳嗽、心身症の部分症状としての咳嗽などには難渋することがあります。慢性咳嗽+運動誘発性喘息として紹介され、実際は運動部活動が嫌なのが原因で、クラブをやめて咳嗽が無くなった症例、重症型の喘息+慢性咳嗽として受診し、原因は心因性喉頭喘鳴であり、心療内科での治療で改善した症例などもあります。こういった要素を含んだ症例には、鑑別診断と精神の専門家や心療内科との連携が不可欠だと思われます。
6)今後のために
慢性咳嗽に関して、成人領域では日本呼吸器学会のガイドラインがありますが、小児科領域では実地医家が使用できる「小児の咳嗽ガイドライン」はなく、統一されたアプローチができないのが現状です。長引く咳の診断と治療を適切に行うことは、患児およびその親のQOLを改善し、重篤な疾患を見落とさないために重要です。今後、実地小児科医が有効に活用でき、統一的なアプローチが可能となる、より良いガイドラインが作成されることを望みます。
■群馬保険医新聞2009年12月号