【診察室】精神科/アスペルガー症候群
アスペルガー症候群 -社会人と小児について-
前橋市 ケン・クリニック 溝口 健介
はじめに
アスペルガー障害とは言語発達に遅れがなく、対人関係以外の社会的機能障害がない自閉性障害を示します。最近よく耳にされる周辺群もしくはPDD-NOSとは診断基準を満たさないがその傾向を持つものを表します。知的障害の重い自閉性障害からほとんどその特徴が目立たない障害までを含めて連続体と考え、自閉性障害スペクトラムという概念で広くとらえて使われています。
乳幼児期
乳児期に見られる特徴としては、抱きづらい、抱かれる姿勢を取らない、あやしても顔を見たり笑ったりしない、表情が乏しいなどが挙げられます。些細な音に敏感で泣いたり、反対に大きな音がしても驚かなかったりもします。夜泣きが激しい、過眠傾向が見られるなど睡眠障害が見られることもあります。自閉性障害においては喃語が少ないなど言葉の遅れが見られます。一人でも平気でいる、人見知りをしない、母の後追いをしない、名前を呼んでも振り向かないなどの特徴が見られることがありますが、全体にはおとなしい手のかからない子と感じられていることも多くあります。
その後の発達経過では、独り遊びが多く、同じことを繰り返したり、順序にこだわったり、遊びを他児と共有できないなどの特徴が見られることがあります。また、皮膚感覚などが敏感でちょっとした刺激にも反応したり、味覚も新しい味に敏感で偏食になったりします。反対に感覚に対して鈍感であることもあります。障害の重いケースでは3歳児検診で言葉の遅れとしてその後の経過観察の必要性を指摘されることがありますが、言葉の遅れが目立たないケースでは見逃されることも多いようです。
幼稚園、保育園入園後はそれまでの特徴を持ちながらもより対人接触の障害が目立ってきます。周りの意向を汲んで行動を取ることが難しく、突然理由なく笑ったり、泣いたりするなど、周囲に理解されない行動が見られることもあります。積極的に人に関わろうとするものの一方的で関係が保てないタイプと、あまり人に関わろうとしないタイプに大きく分かれますが、後者のタイプの子どもはより障害を見逃されやすくなります。しかも、精神発達遅滞や注意欠陥・多動障害との区別も難しく、今後は5歳児検診を行うなど早期発見の工夫が必要となると思います。
学童期
これらの子どもたちも幼児期からの特徴を持続しながら彼らなりの発達をしていきます。しかし、自分の興味が持てるものと、持てないものにはっきりした差が見られます。興味のあるものには驚異的とも言える集中力を見せますが、そうでないものには興味を持つことが難しく、そのことの将来における必要性を理解して、あるいは当然しなくてはいけないものとして受け入れることができずに、自分勝手な行動になってしまいがちです。また、物事を総合的に考えることや、見通しを立てることが苦手と言えます。その上、周りの意向を汲んで行動を取ることが苦手なため、会話も一方的になりやすく、「勝手なおしゃべり」「周りの子に対するちょっかい」などの行動にもつながります。また自分の思い通りにならないとパニックになることもあります。
多くの子どもが聴覚的刺激より、視覚的な刺激を処理する方が得意です。このため、何かを説明する時には、言葉だけでなく絵や図表、写真などを一緒に使うことが理解をより進めることに役立ちます。予定や手順が分かっていて、それが予定通りに進んでいれば大きなトラブルにはなりませんが、突然予定が変わることや、不測の事態は苦手でどう対処して良いか分からずパニックとなることがあります。例えば、病院での採血などの時には、事前に採血をすることを知らせておき、採血する場所を見せたり、どのようなものを使ってどのような手順で行われるかを写真や実物を用いて説明することなどが効果的です。
言葉に関しては、抽象的なもの、曖昧な表現、比喩、行間を読むことなどを苦手とします。例えば、友達に冗談で「馬鹿だなぁ」と言われても「馬鹿と非難された」と真面目に受け取ってしまうことがあります。それは、逆に、「もう少しきれいに」のような漠然とした指示では何をどうすればいいのか分からなくても、「ここを真直ぐに」のように具体的に行動を指示すれば、適切な行動ができるようになることがあるとも言えます。また、知識として理解していてもそれをまとめて表現することも苦手です。時間をかけて思考を手伝ってあげながら、まとめて表現する練習が必要です。
目で見たものに合わせて体を動かすことが苦手な子どもも多く、分かっているのに作業に時間がかかってしまい「やる気が無い」「サボっている」と思われたりもします。
運動能力も子どもによってはバランス感覚が悪かったり、協調運動が苦手だったりします。一方、運動能力が高い子どももいますが、チームで行うゲームでは様子を窺って行動を取ることや、突発的な事態に対処するなどが苦手なために難しいことになります。
こだわりも持続し、日常生活における様々な場面で、手順や物事にこだわって、同じことを繰り返したり、途中で中断することが難しかったりします。しかし、こだわりは移り変わっていきますので、止めさせようとするよりは、こだわりと理解して移り変わるのを待つ方が結果的にはこだわりが長く続かないことがあります。
パニックについては、イメージ的にはパソコンがフリーズしていると考えて頂くと分かりやすいと思います。フリーズしている時に、キーボードをいくらたたいても反応しないのと同様に、パニックの時に言葉で何とかしようとしてもパニックが長くなるばかりです。そのため、刺激を少なくして、安全を確保して落ち着くのを見守り、落ち着いたところでゆっくり理由を尋ねるのが良いと思われます。
多動、パニック、強いこだわり、睡眠障害などに薬剤の使用を考えることがありますが、確立されたものではなく、慎重に行う必要があります。
思春期
思春期に入っても特徴は持続しますが、それまでの経験や周りの関与によって変化をしていきます。一方で、本人も徐々に自分に特徴があり、特に対人関係がうまくいかないことを自覚する子どもも出てきます。これに対してなるべく人と関わらないようにする子どもたちや、周りが悪いと感じる子ども、自分が悪いと感じる子どもなど反応は異なりますが、学校という集団生活はストレスとなり、不登校、抑うつ状態、強迫症状、睡眠障害、家庭内暴力など二次的な症状を示す子どももいます。状態によっては幻覚・妄想状態となることもあります。この場合にはその事態をよく理解するとともに薬物療法が有効なことがあります。
なお、思春期に入っててんかん発作を起こす子どももいますので注意が必要です。
青年期
ここまで同年代が集団で生活するというストレスがある生活ではありますが、ほぼ毎日の予定が決まっており、成すべきことをこなしていることである程度生活は成り立ちます。教える・教わるという関係は役割の分かりやすい対人関係としては彼らにとって受け入れやすいものと思われます。思春期頃から感じ始めた「周りと自分は少し違う」という感覚がなるべく普通に見せたいという感覚になることがあります。そのため、過剰に挨拶などが丁寧だったり、態度が丁重だったりします。また、知らない、分からないと答えることが普通でなかったり、馬鹿にされるのではないかと恐れ、よく理解できない曖昧な言葉や比喩に思わず分かったような態度を取ってしまい、かえって態度や関係がギクシャクしたり、軽いパニックになったりします。一方で記憶は大変に良い人が多く、このために相手が流していることにもこだわって「しつこい」「あげ足を取る」などと思われてしまうことがあります。
これらのことから、社会生活を送るようになると職種によっては不適応が起こりやすくなり精神症状が出現することもあります。
本人にも自分の特徴を知ってもらい、一つ一つのことを気軽に相談できる相手がいることが生活を楽にすると考えられます。
おわりに
広汎性発達障害の方々の特徴を周囲も理解し、彼らの能力をうまく使える環境作りが今後の課題となっていくと考えます。成長の過程で色々な援助が必要ですが、それを一緒に乗り越えながらやっていくことが重要です。
広汎性発達障害について相談するには、自閉性障害、アスペルガー障害の自助グループが活動していますし、県でも発達障害者支援センターが発足し、その他の施設でも色々な情報を得ることが出来ます。今はインターネットでも多くの情報を得ることが出来ますが、まだ玉石混淆の状態で必ずしも正しい情報ではないことがありますので慎重にお選び下さい。
■群馬保険医新聞 2010年3月号