【論壇】出産育児一時金の新制度
産科診療所の二割が資金ショート
「出産育児一時金等の医療機関等への直接支払制度」(以下、直接支払制度と略)の不備が問題になっている。
これまで妊産婦に支払われていた一時金を直接医療機関に支払う制度で、同時に一時金も4万円増額され42万円になった。少子化対策の一環として、自民党政権下で改革案が示され、すでに昨年10月から実施されているが、当の医療機関から「資金繰りが大変で、このままでは分娩を続けられない」等の声があがり、完全実施が今年4月まで延期されていた。
2月に入り、長妻厚生労働大臣はさらに3カ月から半年の猶予期間を設けるか、請求日を月2回にふやすか、検討作業に入った。
◎苦しい資金繰り
直接支払制度は、妊産婦が高額な出産費用を用意する必要がなくなり、医療機関にとっては、近年増加している出産費用の未収金をなくすことができるという一石二鳥の改革案として、当初は日本産婦人科医会も賛成して成立した。
ところが、いざ実施の段階で大きな問題が明らかになってきた。制度の実施で経営破綻の危機に直面する産科診療所が出てきたのである。この制度が完全実施されれば分娩をとりやめる医療機関が続出するとみられている。
通常分娩の場合、これまで医療機関は出産時に、本人から全額支払いを受けていた。直接支払制度では退院の翌月10日に保険者に請求、支払いは翌々月の5日頃になる。もし退院が11日だとすれば、支払いは2か月後の5日頃になる。
お産を扱う多くの診療所では収入の大部分を分娩費が占めている。最大2か月のタイムラグが経営を脅かすことになった。医療機関はまず2か月分の運転資金を用意しなければならない。仮に出産費用を42万円前後、1か月30件のお産を扱うとして、用意すべき資金は2520万円になる。
◎お産難民を増やすな
日本産婦人科医会は昨年12月、全国でお産を取り扱う2806施設にアンケートを実施した。有効回答1764施設のうち、225施設(12.8%)が今年4月に閉院または、お産をやめると回答した。単純に計算して約6万人のお産難民が生じることになる。
また金融機関からの借り入れがないと経営できないと答えた産科診療所は21%にのぼった。
現在の不況下では融資を受けるのも難しい。昨年10月厚労省所管の福祉医療機構が直接支払制度の資金繰りに対応させるため無担保低金利の融資を始めたが、融資が決まったのは相談数の45%だった。
たとえ借り入れできても、収入の2か月遅れは永久に続くから、返済には永い時間がかかる。高齢の医師が直接支払制度が完全導入された時点で閉院したいと考えるのもうなずける。
◎15年で40%減少
この数年、お産をめぐる環境悪化が加速している。産科医の過重労働に加え、産婦死亡で医師が逮捕された福島県立大野病院事件(その後、無罪)、医師・助産師以外の内診禁止(その後、医師助産師の指導のもとに可能)などが引き金となって、産科医も分娩施設も減少した。15年で分娩医療機関は40%減、直接支払制度の完全実施で、さらに減少すれば、日本の産科医療は大きなダメージを受けることになる。
◎保険未加入者にも
直接支払制度の導入について、国は以下の改善が必要だ。
○入金遅滞をなくす方策を早急に実施する。
○無利息、無担保の融資制度を補償し確立する。
○制度改革による事務の煩雑を解消する。
○(今年4月以降も)この制度を希望しない医療機関には本人支払方式を認める。
また、出産育児一時金をさらに増額し出産前後の妊産婦の経済的負担を軽減すること、制度の枠外におかれている保険未加入の妊婦にも同様の支払い制度が絶対に必要である。
いずれにしても、行政の机上の計算から生まれた法令は、実施後に矛盾点が生じ現場を混乱させることが多い。法令実施にあたっては、あらゆる方面からの充分な検討が必要だ。
*
すでに85%の産科医療機関が直接支払制度を実施している現状から、この制度の完全廃止を求めるのは現実的ではない。現場の混乱を最小限に抑え、直接支払制度で分娩を中止する医療機関が一つも生じないよう早急な対策が必要だ。(理事・今井昭満)
■群馬保険医新聞 2010年3月号