今国民は、アベノミクスに満足している。一本調子の株価の上昇も少し途絶えたとはいえ、安倍内閣の支持率は65%を超える。しかしその先に何があるのかなんて誰も想像できない。未来がなくて、今の状態だけに満足している。今が戦前の第一次近衛文麿内閣が発足した崩壊の時代の始まりと重なって見える。近衛内閣は、あらゆる政治勢力を包摂して発足し、異議を唱える者が絶え果てた時代。たしかに今も巨大与党に対抗する勢力の衰退が止まらない。あの時代は戦争に負けて焼け野原になったように、崩壊の形が目に見えた。しかし今、この国の体制がどういう形で崩壊するのか想像すらできない。
格差社会と言われて久しく、格差の縮小、中産階級の拡大が社会の活力をもたらすといわれる。日本の近代史の中で格差を縮小した社会改革は、1871(明治4)年の廃藩置県と農地改革や労働三法などを含む戦後改革の二度しかないといわれている。廃藩置県で士農工商の士がなくなり、農工商が頑張って近代日本の礎を築いた。戦後改革で小作農や労働者が解放され、戦後復興を成し遂げた。
そうした戦後改革の遺産を食いつぶし、格差を拡大させたのが小泉政権、そのまま放置して固定化させたのが民主党政権だ。正社員を派遣社員にして賃金を安く抑え、国際競争に勝とうと訴えた。下層の人たちを踏み台にして自分たちだけが生き残ろうとした。
格差を縮小するチャンスはバブルの時しかない。大恐慌の時にはそんなことは言っていられない。せっかく景気が回復してくるならば、野党は格差を縮小する構想を練っておくべきだ。生活保護を拡充し、失業者を派遣社員に、派遣社員を正社員にして、みんなが少しずつ豊かになって、社会全体が元気になるような構想を描いておくべきだ。国民は豊かになると政治にものを言いたくなる。それを追い風にして、野党は頑張ればいい。
欧米では社会民主主義政党やリベラルな政党が政権をとったときにバラマキをして、保守政党のときに財政を引き締めるのが常識であった。日本では逆で、自民党がバラマキをして、民主党が引き締め、安倍政権がまたバラマキをしている。野党が再び政権を担うチャンスがあるとしたら、福祉国家を掲げるべきで、累進課税を強化し、お金持ちから税金をいっぱい取り、土木工事の代わりに保育所や老人ホームをたくさん建てて福祉で働く場を作るような政策を進めたらいいのではないか。
7月の参院選では、自民党の勝利が確実視されている。自民党以外に勝つ政党がない。原発、憲法、TPP、雇用、外交もおそらく参院選の結果を左右しないのでないか。
一方、自民党の固定支持基盤は、高齢化と産業構造の変化で衰退している。昨年の総選挙で自民党の比例区得票率は3割と、2009年より得票数が減った。民主党から自民党へ投票先を変えた人は少ない。2009年に民主党に入れた人が昨年には民主、未来、維新、棄権などに分散したため、自民党が相対的に浮上しただけだ。
今の日本では、3割の国民が支持する自民党そのものが衰退しても、どれほど問題が山積しても自民党が勝つ。社会が急激に変化しているのに、議会にその変化が反映しない。これは事実上、議会制の機能不全である。昔の日本を取り戻したい、という三割の民意が自民党を支持し、残りの七割は、昔のやり方を変える必要は感じているが、方向性が見えずに自民党を含めた多数の投票先に分散している。
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参院選が過ぎれば3年は国政選挙がない。その3年のうちに、憲法改正の国民投票、原発の推進、TPP、社会保障のカットなどの問題が、選挙という民意を反映できずに進んでいく。
今度の参院選は、非常に重要な選挙である。私たちは、日本の現状を冷静にみつめ、政治のさまざまな課題について、語り合い、考えなければならない。
(広報部・深井尚武)
【参考文献】坂野潤治「豊かさとは」(毎日新聞)/小熊英二「選挙に頼れない今、対話を」(朝日新聞・明日を探る)
■群馬保険医新聞2013年6月号