【論壇】歯科診療の変遷 TPPでどうなる?

【2013. 10月 15日】

 先日前橋市内で開かれた歯周病学会では、全身疾患と口腔疾患との関連が示された。歯科疾患は、命に別状がないと思われがちであったが、近年、全身への影響が見直されてきている。
 明治以前、歯科医療は口中科という医学の一分科だったという。医師と歯科医師が、法的に別の存在となったのは、明治16年(1883年)のことだ。 
 現代の歯科医療は、口腔内に何らかの症状があらわれた場合に受診し、詰めたり被せたり、抜いたりなどの処置により症状がなくなれば受診は終わりといった流れが一般的であった。昭和40年代は「年をとったら総入れ歯」というイメージが強く、「歯を抜かれた」という表現をする患者が多くいた時代だった。
 私が開業した20年前は、むし歯治療と歯周病の急性症状への対応に追われていた。その頃は、インフォームドコンセントの重要性が広まりつつある時代でもあった。歯科衛生士の役割もアシスタント的な動きが多く、診療は治療中心だった。
 その後、8020運動などを介して、歯を残すことの重要性が語られるようになり、歯科医院でも予防についての説明を地道に継続してきた結果、最近では、むし歯の治療だけでなく、歯周病の進行抑制を目的に受診する患者が多く見られるようになった。削らない歯医者への移行を感じている。
 歯周病進行予防の啓蒙が浸透することで、歯科衛生士の需要が増し、おのずと治療のための健康保険において、診療報酬の平均点も低いところで落ち着き始めた。
 医療費削減という言葉がある。高齢化に伴い、医療費が増大し、国家予算を圧迫すると言われている。しかし、ここ数年、歯科の医療費の増加はほとんどない。医科での高額医療費は、終末期の医療費にあると聞く。歯科の診療報酬体系をみると、やはり補綴部分が高額にあたる。その額は医科の比ではないのだが……。
 18年前に受けた歯科の新規開業個別指導では、当時の歯科医療技官に「保険はすべてを網羅している」と指導された。確かに審美的な材質の向上や特殊な義歯維持装置等を用いなくても、欠損補綴は可能である。患者への問診票の質問事項の中で「保険中心ですか? 自費診療も希望されますか? 」という問いは、自費誘導になるので削除するようにとも指導された。
 日本の歯科医師は、厚労省の作成した療養担当規則に則って、低評価で診療を営んでいるという感は拭えない。
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 TPPに加入すると、歯科医療はどうなるのか。未だ、はっきりとしたことはわからない。
 群馬協会で行った会員アンケートの結果では、歯科は医科に比べ、TPP加入に期待感を持っているようだった。しかしTPPは、外資系の保険業界が潤うような構造になっていることは、間違いないようである。
 日本を旅行中の米国人が、急性の根先性歯周組織炎で、上顎頬部腫脹もきたし、急患来院したことがあった。根幹治療を施し、日本での治療費は、初診料、レントゲン撮影診査を含め、10割負担でも9千円だった。米国での治療費はおよそ9万円という。私は驚き、患者は感謝した。治療費が高額なだけでなく、米国人が加入している管理型医療保険制度の下では、医療機関と保険会社との間で契約が交わされており、保険会社の契約が変更になると、かかりつけ医として長く通っていた医院であっても、通う医院の変更を余儀なくされるのだという。
 TPP加入後に懸念される問題として、皆保険の形骸化が言われている。表向きでは継続されるものの、歯科では補綴診療は保険から外され、さらに免責事項が加えられる可能性が指摘されている。年に一度の歯科検診を受けることや禁煙などが基本的な条件としてあげられ、免責事項も変わってくるであろう。さらに、保険の効かない補綴などは、保険料の高額な民間の保険でカバーされるようになるであろう。
 健康の価値観や経済面での格差が影響し、高額の医療保険に加入する人が増える一方で、そうした保険に未加入の人が、公的保険だけで満足な医療を受けることができない社会になってしまうのか。社会保障という、国からの恩恵は薄くなり、豊かな国日本は、このまま崩れ去ってしまうのだろうか。
   
   (副会長・小山 敦)

■群馬保険医新聞2013年10月号