今年1月、NHKの籾井勝人会長が就任記者会見で「従軍慰安婦は戦争しているどの国にもあった」「欧州ではどこだってあった」「韓国は日本だけが(慰安婦を)強制連行したみたいにいうから話がややこしくなる。(補償問題などは)日韓条約で解決している」と発言した。
また、橋下徹大阪市長の以下のような発言も記憶に新しい。「侵略と植民地政策によって周辺諸国に多大な損害と苦痛を与えたことは、敗戦国としてしっかりと認識し、反省とお詫びはする。ただし、当時の世界列強も植民地政策をとっていたことは事実。慰安婦制度については、当時の世界各国の軍が、軍人の性的欲求の解消策を講じていたのも事実。みずから正当化するためでなく、不当に侮辱されないため、当時の状況を知る必要がある」「国を挙げて韓国女性を拉致して強制的に売春をさせたという事実の証拠がないことも厳然たる事実」「アメリカはずるい。アメリカは一貫して公娼制度を否定する。現在もそうだ」「占領時代米軍基地の周りに日本政府が特殊慰安施設協会を設けたが、GHQは禁止令を出した。しかし、街娼が横行した。建前は禁止でも軍人の性的欲求はゼロになる訳がない。何らかの解消策を真正面から考えないといけない。僕が普天間の司令官に風俗営業の活用を進言したのは、法律違反のことをしろと言っている訳ではない。法律上認められている風俗営業を活用しろと言っているのだ」。
こういった発言が続くのは正直うんざりだが、この機会に女性の視点から考察してみるのも必要と思い、今回の論壇で取り上げた。橋下氏の談話が具体的なので、主にこちらの意見に対して反論を述べる。
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まず、反省とお詫びの後で、「だって誰々ちゃんだってやったよ」と言うのでは反省とお詫びの気持ちは決して相手に伝わらない。
日本軍が強制連行したという文書などの証拠はないと言っても、慰安婦という目的を隠し、いわばだまして連れて行ったことの罪がどれだけ軽いと言えるだろうか。ましてそのような事実や意図はなかったとは言えない。橋下氏は、不当に侮辱されたのではなく、正当に非難されているのを知るべきである。
アジア太平洋戦争当時、韓国や台湾は日本の植民地とされ、韓国人や台湾人も日本軍として戦争に参加させられた。また、国民を守るべき軍隊が、敵の戦闘員でもない味方の女性を従軍慰安婦として公認あるいは黙認したのは、女性の人権を一段下のものととらえ、守るべきものとは考えなかったからであろう。ここには植民地と女性という二重の人権侵害、そして差別とおごりがある。
たとえば、戦場における兵士の性欲をどう解消するかという問題に、兵士達に手術を強制し、宦官にしてしまうという方法はどうだろう。橋下氏とて、さすがにそれは兵士の人権侵害だから到底許されないと反論するであろう。一方で、彼は戦場の兵士の性欲解消のためには、気の毒ではあるが女性の人権を侵害しても仕方がないとしているのだ。戦時下では男の人権は法的に守るが、女の人権は彼らの頭に存在しなかったのだ。
戦後であっても占領下の日本政府は、日本の一般女性を守るための防波堤と称して、慰安婦となる女性を集め、自ら占領軍に差し出そうとした。しかしその申し出は占領軍に断られ、見事に失敗した。
同じ女性という性を持つ身にはおぞましい事実であり、それを現役の市長が「慰安婦の方には気の毒であるが必要であった」と言ってのけ、「建前は止めた方が良い、しかしお前だって隠れてやっているだろう」と公言して大ひんしゅくを買った。自由と平等を掲げる国の市長が言うことだろうか。信じられないが、これが彼の本音であろう。こうした失言の後には、必ず「皆様に誤解を与えて」などと弁明するが、私たちは誤解ではなく、正しく本音を理解したのであり、彼に今の役職の資質がないことがよく分かっただけ、不幸中の幸いである。
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今私は女性の一人として、このように人権を侵害され、その後の人生に大きな苦難を強いられた他国の女性たちを、せめて想像することは出来る。橋下氏、籾井氏はともに人間としての想像力、思慮に欠け、彼らの思考には女性の人権がすっかり抜け落ちている。このような人物は、政治家としても日本のマスコミのリーダーとしても、はなはだ不適格であると言わざるを得ない。
戦争中女性は、息子や夫を戦場に送り出し、家や子どもや老人を守り、いわゆる銃後を守ることで戦争に加担した。しかし男は兵士として国のために戦っているのだから女性よりも一段上の権利があるとされ、女性の権利は軽んじられた。兵士に慰安婦は必要であったというが、それなら彼らは自分の母親や妻、娘を差し出せるのか。
戦争と従軍慰安婦の容認は、表裏一体の関係である。なぜなら、過去も現在も、戦争に突入すれば国際ルールは守られなくなり、非戦闘員も大量に殺され、レイプも公娼も従軍慰安婦も仕方がないとなる。殺された人の何倍もの数の恨みと憎しみ、悲しみの連鎖を生み出し、一方で殺した人数が多いほど勝利であり、正義となる。それが戦争である。
国を守るには戦争をしてはいけない。戦争を避けるため必死に努力するのが一番根本的なことであると思う。
(前会長 柳川洋子)
■群馬保険医新聞2014年4月号