<保険医新聞> 【論壇】2014年を振り返って

【2014. 12月 15日】

 今年、本紙で取り上げた項目を中心に振り返ってみたい。

 ●改憲、集団的自衛権   
昨年来、改憲に積極的な安倍首相は、2月の衆議院予算委員会で、またも憲法9条改正の前段階として、憲法96条の改正に意欲を示した。ところが世論の支持が広がらず、改憲派の憲法学者である小林節・慶應大名誉教授から「96条改正は、裏口入学、憲法の破壊」と揶揄され、改憲は無理と判断した政府は7月、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更を閣議決定した。昨年12月に制定された特定秘密保護法との併用により、国民の知らないところで日本が戦争に巻き込まれる危険性がいよいよ現実味を帯びてきている。

 ●TPP   
 昨年3月に首相が交渉への参加を表明して以来、現在も妥結に至らないTPPだが、その内容については未だによくわからない。いや、全く知らされていない。「自助」を社会保障の基本理念に据える安倍政権にとって、TPPと混合診療導入は、医療費抑制という大きな目標を達成するための車の両輪といえよう。
 
 ●診療報酬改定   
 診療報酬本体では0・73%のプラス改定とされたが、医療機関等の課税仕入れに関わるコスト増分が0・63%、つまり0・1%のプラス改定と発表された。しかし、薬価や医療材料費の引き下げ分1・36%を考慮すれば、実質マイナス改定といえる。消費増税と点数改定が同時だったため、増税分の補填として、初再診料がわずかな増額となった。
 さて、今改定で導入された地域包括診療料は、算定の要件が厳しく、全国で359施設しか該当しない。かつ、月1回の算定で1503点、3割負担の場合4500円以上となり現実的でないというのが、現場の大方の意見だ。一方の「加算」も、在支診であれば算定可能だが、点数の割には負担が大きい。フリーアクセスがメリットの日本の健康保険において、主治医への受診をボトルネックにしようとする厚労省の思惑ともとれるが、一方で同省の地域包括ケアを支える主治医の位置付けを明確にしようとの意図もうかがえる。
 また、在宅医療において、同一建物での訪問診療料が大きく引き下げられた。診療所から在宅へのシフトを図る一方で、効率的な訪問診療を規制し、医療費を抑制したいという、厚労省の政策の不整合性が露呈した。

 ●消費増税   
 使途を社会保障の充実・安定化として実施した消費増税だが、本来の目的に使われたかどうかを確かめる手立てはない。今にしてみれば、法人税減税と「輸出企業への事実上の補助金」という意味しかなかったのではと勘ぐりたくなる。
 医療においては、消費税率が上がると、保険診療における医療機関の損税がいよいよ経営に響いてくる。保険医協会では、仕入れ税額控除が可能で、かつ患者負担を増やさないゼロ税率を主張してきた。安心できる医療を実践するためにも、損税の解消が急務である。
 11月、首相は、「成長軌道に戻っていない」との理由から、消費税10%への増税時期を2017年4月へ先送りするとした。しかし、一方で再延期はしないと断言している。この根拠は国民にはわかりにくい。今月14日には、同じように大義のわかりにくい総選挙が予定されている。国民の選択に注目したい。

 ●歯科切削器具の滅菌   
 5月、読売新聞の「歯削る機器7割が使い回し」との見出しの記事が、大きな反響を呼んだ。日本歯科医師会は、「タービンヘッドが使い捨てでない以上、『使い回し』の表現は不適切」、厚労省は、都道府県、関係団体に対し、「歯科診療所における院内感染対策の周知・徹底を行うことにより安全で安心な質の高い歯科医療提供体制を整備していきたい」とコメントした。
 医療安全を管理する立場にある厚労省が、周知徹底の通達を出すだけで、費用等の問題を現場に転嫁する―このやり方が奏功すると、医療安全に関わる費用補填をしたくない厚労省の常套手段となりそうである。

 ●地域医療・介護推進法   
 6月18日、地域医療・介護推進法が成立した。患者や要介護者の急増で制度が維持できない恐れがあるとの理由から、サービスや負担を大きく見直す。とりわけ介護保険は、高齢者の自己負担引き上げなど、制度ができて以来の大改正で、「負担増・給付縮小」といった利用者にとって厳しい内容となった。
 具体的には、一定の所得がある人の自己負担割合を1割から2割に上げる。自己負担上限額の引き上げのほか、特別養護老人ホームの入所が原則要介護3以上の人に限定されるようになる予定だ。一方で、介護に携わる人の評価は低いまま据え置かれている。

 ●従軍慰安婦問題   
 8月5日、6日付けの朝日新聞が、いわゆる「吉田証言」を引用した記事を撤回し謝罪した。しかし、強制連行の有無は本質的な問題ではない。それより、記事撤回を理由に慰安婦制度の強制性を否定しようとする安倍政権や自民党の動きこそが問題ではなかろうか。首相は国会で、「河野談話」を継承すると発言する一方で、「日本が国ぐるみで性奴隷にしたという、いわれなき中傷が行われている」「世界に向かって取り消していくことが求められている」と答弁した。まるで慰安婦問題がなかったかのような発言である。慰安婦問題を、女性の人権問題としてとらえることこそが重要ではなかろうか。

 ●HPVワクチン   
 同ワクチンとの因果関係を否定できない持続的な疼痛がHPVワクチンの接種後に特異的に見られたことにより、安全性が疑問視されるようになり、昨年6月、厚労省は「定期接種は積極的に勧奨すべきではない」という内容の勧告を出した。
 本紙でも7月号に専門家の意見を掲載したが、今後もワクチンの効果とリスクを冷静に受け止め、子宮頸がんから命を守るための方策を確立する必要があろう。
 
 ●弁護士帯同   
 群馬県保険医協会では、被指導保険医の権利を守り、精神的負担を軽減する観点から、個別指導時の弁護士の帯同を勧めてきた。そして実際に指導に立ち会った弁護士から、保険医の権利を守り、弁護士の活動を保障する上での幾つかの問題点が指摘された。
 4月、群馬弁護士会より関東信越厚生局長に対し、改善のための申入書が送付された。8月には日本弁護士連合会が健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書を取りまとめ、厚生労働大臣及び各都道府県知事に提出した。
 これまで、ややもすると密室化され、被指導保険医の人権が軽視されながら、それを公にすることが憚られる傾向にあった個別指導の現場に、ようやく光が当てられる可能性が出てきた。(副会長 清水信雄)

■群馬保険医新聞2014年12月号