<保険医新聞>【診察室】エボラ出血熱

【2015. 3月 15日】

群馬県衛生環境研究所長
地方衛生研究所全国協議会長   小澤邦壽 

▐ はじめに
 エボラ出血熱(Ebola hemorrhage fever, 以下EHF)は、1976年に中央アフリカ、旧ザイール共和国(現在、コンゴ民主共和国)北部のエボラ川流域に新たに出現した、多彩な全身症状(呼吸器症状、消化器症状、神経症状、出血傾向)を示す、きわめて致死率が高い急性重症ウイルス感染症です。

▐ エボラウイルス(EBOV)
 エボラウイルスはフィロウイルス科・エボラウイルス属に分類されるウイルスで、その名のとおり、ウイルス粒子はひも状の多彩な形態を示します。現在、EBOVは5つの種(species)が同定されていて、種によって著しく病原性が異なります。病原性が最も高いのは、ザイール種(EBOV-Z)とスーダン種(EBOV-S)です。他にブンディブギョエボラウイルス(EBOV-B)、タイフォレストエボラウイルス、およびレストンエボラウイルスが同定されています。文献によればEBOV-Z感染例での致死率は約80%、EBOV-Sにおいては約50%、EBOV-Bは約30%と報告されています。
 
▐ 1970年代から2013年までのEHFの流行
 EHFは、1976年に旧ザイール共和国に出現しましたが、スーダンでも流行が確認され、その後、中央アフリカ地域を中心に、多くても数百人の小中規模の流行をくり返し、約40年間に、EBOV-ZとEBOV-SによるEHF患者総数は約2,350人で、死者は約1,550人(致死率約66%)であったと推計されています。

▐ 2014年のEHF流行の特徴
 これまでの流行では、EHFはむしろ中央アフリカ地域の風土病的な色彩が強く、同時期の複数地域での感染拡大は見られず、また人口密集地でのEHF流行は起こりませんでした。しかし、今回のEHF大流行では、西アフリカ地域、特にギニア、リベリア、シエラレオネを中心に短期間に多数の感染者を出しました。2015年1月末時点で、感染者総数は約2万1,000人、死者総数は約8,900人(推定致死率約42%)を超えていることが推定され、新規報告数は減少傾向にあるものの、未だ流行は制御されていません。今回の流行の原因ウイルスは、上述した致死率が最も高いEBOV-Zですが、詳細なウイルス学的解析により、過去に中央アフリカ地域で検出されたEBOV-Zとは遺伝学的に異なる株であると推定されています。

▐ 2014年のEHF流行の発端
 今回の流行は、ギニア南西部ゲケドゥグ村の2歳男児が発端であると推定されています。この村は、リベリア・シエラレオネ国境沿いに位置し、国道を通じ両国に移動が容易であることから、家族内流行や院内感染を介して、急速に流行が拡大したものと考えられています。

▐ EHFの臨床像
 EBOV感染後、通常2~7日(最大21日)の潜伏期間を経て、発熱、悪寒、関節痛などインフルエンザ様の初期症状が出現します。その後、数日の間に呼吸器症状(咳、胸痛など)、消化器症状(嘔吐、下痢)および粘膜充血症状などが出現し、さらに神経症状、下血ならびに歯茎、鼻腔粘膜、結膜などから血性漏出物が見られるようになります。直接の死因はDIC(播種性血管内凝固症候群)および多臓器不全です。一般検査では、発症初期においては末梢血の白血球数(好中球・リンパ球)減少、AST・ALT(肝臓などの細胞に含まれる酵素の濃度)の上昇がみられ、病態が進むと血液凝固能異常(プロトロンビン時間延長など)が見られます。末期には多くの患者が細菌の二次感染による肺炎を併発するといわれています。

▐ 感染経路
 EBOVの自然宿主はオオコウモリで、アフリカでは蛋白源としてコウモリを食用にする習慣があるため、感染源になったものと推定されています。EBOVはヒトに感染した場合、血液のみならず、ほとんどの体液中(唾液、鼻腔などからの粘液、嘔吐物、下痢便、汗、母乳、涙、尿および精液)に高濃度のウイルスを排出するため、感染力の強さと相まって流行は急速に拡大します。ただし、患者や遺体との直接の接触以外の経路、例えば蝿や蚊などを介した間接的な伝播は、これまで一例も確認されていません。また、この地域独特の風習(死者に素手で触れる・添い寝するなど)が拡大に関与したものと考えられています。不顕性感染は殆どないとされています。

▐ EHFの治療および予防
 現在まで、流行地において臨床応用が可能なEBOVに対するワクチンや抗ウイルス薬は存在せず、治療は対症療法が主体でした。下痢や嘔吐で失われた電解質の喪失に対する高用量の輸液が効果的であったとの報告があります。また、富士フイルムのグループ会社が開発した抗インフルエンザ薬「アビガン®」(ファビピラビル)がEBOVの増殖抑制効果を示し、EHFにも有効であるとの臨床試験の中間解析結果が2015年2月に出たところです。フランス国立保健医療研究機構が解析結果の概要を発表したもので、ウイルス量が比較的少ない患者群では死亡率が30%から15%に半減したと報告されています。対象はアビガンの投与を受けた80人のEHF患者で、治療開始時点でウイルス量が「中程度」「多い」とされた患者の死亡率は15%と、従来の30%を大きく下回ったのに対し、ウイルス量が「非常に多い」とされた患者は臓器不全が進行し、投与を受けても93%が死亡しました。これ以外の有望な治療法として、EBOVに対するワクチンの開発が進んでおり治験が行われています。モノクローナル抗体の混合カクテル製剤(ZMapp)は、サルでの有効性が確認され、ギニアで感染したアメリカ人医師に緊急措置として使用され、効果が見られたとの情報もあります。治療薬、ワクチンの表を示します。

■エボラ出血熱の治療薬剤候補一覧
●症状改善
 rNAP2  凝固異常改善
 rhAPC activated protein C ; 敗血症治療で承認

●ウイルス増殖抑制
 Favipiravir ゲノム複製阻害;抗インフルエンザ薬で承認 
                           (アビガン®)
 BCX4430 ゲノム複製阻害
 siRNA ゲノム複製阻害
 PMOs 翻訳阻害

●免疫関連
 ワクチン   アデノウイルスベクター、VSVベクター
 Zmapp ヒト型中和抗体カクテル、受動免疫
         (サルで有効性確認)
 ※ エボラ出血熱の回復期患者血清を用いた血清療法は緊急処置として用いられ、効果があったとされる。

▐ 国内へのEBOV侵入と二次感染のリスク
 我が国での予防は、流行地で感染し入国した患者の病院内二次感染および感染拡大防止が重点となるので、基本的には、医療従事者の防護服(PPE)の着用と、患者の排泄物、特に血液や体液の処理に際しての厳重な管理が最も重要です。ただし、いたずらにEHFを危険視することは無意味であり、過剰な不安を煽ることになり有害でさえあります。事実を冷静に分析してみると、流行の中心となっているシエラレオネは人口600万、面積は岡山県とほぼ同じですが、平均寿命が40歳、国全体で医師が約200人、看護師2000人程度とされるアフリカ最貧国の一つです。すなわち、感染症に対抗できる医療インフラについては、ほぼなきに等しい状況です。これに対して、急性期を強力にサポートする集中治療体制を整え、有効性が確認された唯一の治療薬であるアビガン®を開発した技術力を持ち、ヒトでも効果があるとされるZMappの臨床応用も近いという現状を鑑みるならば、日本国内にEBOVが侵入し、さらに二次感染までひき起こすというリスクは、ほぼゼロに近いと考えてよいでしょう。

 なお、詳細については、国立感染症研究所ホームページ(http://www.nih.go.jp/niid/ja/ebola.html)およびWHOWEBサイト(http://www.who.int/csr/disease/ebola/en/)を参照してください。

【参考文献】
1. Feldman H, Sanchez A, Geisbert W. T. Filoviridae: Marburg and Ebola viruses. In: Knipe DM, Howley PM editors. Fields in Virology. Philadelphia: Lippincott Willams & Wilkins, 2013, 923-956.
2. WHO Organization. http://www.who.int/csr/disease/ebola/situation-reports/en/
3. Baize S., et al., Emergence of Zaire Ebola virus disease in Guinea. N Engl J Med. 2014;371(15):1418-25.
4. Kimura H., et al., A review of Ebolavirus Disease: Literatures Sited. J Coast Life Med. 2014;4(1): 930-935.

■群馬保険医新聞2015年3月号