<保険医新聞>【論壇】マイナンバー法の問題点

【2015. 11月 15日】

 ●個人を識別するための番号
 
 2013年5月に自民党政府で成立した「マイナンバー法」は、2015年10月から個人への番号通知が始まった。「マイナンバー法」とは、政府が募集した愛称であり、正式には「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」という個人識別番号法である。
 2012年に民主党政府で提案された「社会保障・税番号制度」では、税の公平さを高め、社会保障を充実するのに役立つことが目的とされていた。それを改定した現在のマイナンバー法でも、その利用範囲例は社会保障や税などの官の分野に限定のようにも見えるが、民間への利用拡大が既定路線であり、そこからさまざまな問題点が生じる。

 ●国民に対する番号制過去にも
  
 グリーンカード法…1980年、非課税であったマル優貯蓄が、仮名預金などで不正利用されていたのをあぶり出す目的で、少額貯蓄利用者カード(グリーンカード)法案が成立した。ところが、法案成立後、仮名口座に預けられた預貯金が引き出され、無記名の債権や金などに大量流出し、金融機関等の反対で廃案となった。
 住基ネット…2002年に稼働し始めた、住民基本台帳ネットワーク・システム(住基ネット)は、行政機関が扱う全ての個人情報を同一の番号(住民票コード)で管理しようという制度である。行政側にとっては個人情報を利用しやすくなるが、住民にとっては住民票がとりやすくなるくらいの利点しかなく、導入後10年経っても、住基カードを持つ人は国民の5%程度と、普及しなかった。
 そして、2013年のマイナンバー法では、国民一人ひとりに生涯不変の番号をつけ、その番号により、個人に関わる情報が集約され、検索される。住基ネットでは、番号利用は行政機関内だけで、秘密の番号を用い、住民はいつでも住民票コードの変更を請求できたが、マイナンバー法では、番号利用は行政内だけでなく民間利用もあり、番号は利用により公開され、生涯不変と正反対である。

 ●ホームレスには届かない
 
 個人に付される番号は、住民票コードを変換した11桁の番号に1桁の検査用数字を加えた12桁の番号となっていて、その対象者は、住民票のある日本国民と在留外国人160万人、特別永住者40万人である。住民票を元にして付番するので、住民票のないホームレスには付番できず、住民票の住所に住んでいない人にはマイナンバーは届かず、全国民への通知の徹底は困難というより不可能である。

 ●外国の番号制度

 アメリカでは、1936年に社会保険給付を行うために、9桁の社会保障番号(SSN)ができ、公私に広く利用され、事実上の国民識別番号になっている。しかし、便利である反面、なりすまし犯罪が起こりやすく、他人のクレジットカードを作ったり、税金の不正還付を受けたりといった悪用が問題となり、国防総省では別の本人確認番号を利用している程だ。
 ドイツは、ナチス時代に番号で国民管理をした反省から、2003年に導入された納税者番号制は税目的に限定されている。
 韓国では、1960年代の軍事独裁政権の時に、北朝鮮のスパイをあぶり出す目的もあり、住民登録番号(PIN)ができた。2011年までに20回以上の改正を経て、広く使われているが、プライバシーへの配慮はなく、なりすまし犯罪が多い。

 ●マイナンバーの管理と情報漏えいの危険性

 政府は、マイナンバー制度の導入で、世帯単位の収入等が把握しやすくなり、「総合合算制度」(医療、介護、障害福祉、子育ての4制度の自己負担、利用料の総額の上限を世帯ごとに設定し、上限に達した以降は受診・利用時の負担は不要となる制度)などの手厚い給付が可能になるとしているが、期待はできない。行政機関の申請主義は変わることはなく、生活保護などの必要な人が役所の窓口ではねつけられる現状では、行政側から手厚い給付をするとは思えない。
 それどころか、マイナンバーは、なりすまし犯罪の温床になる恐れが大きい。生涯不変の番号は、行政内だけでなく民間での利用も想定されていることから、漏洩を防ぐことは不可能である。現在のインターネット社会では、年金情報のように、政府の情報がハッカーに破られ流出する事態は必ず起こる。
 漏れたマイナンバーからあらゆる個人情報を集めるのは難しくない。それを防ぐために政府は情報漏洩に罰則をつけたり、監視委員会があるから問題ないというが、マイナンバー担当の厚労省の職員がつい最近逮捕され、役人の不正はあるということが再確認された。
 情報漏洩を前提に、個人情報を集中させない分散管理が重要であるが、マイナンバーは集中管理で正反対である。
 マイナンバーは、複数の行政機関にある同一人物の情報をひもづけして利用することも目的としている。個人情報である特定健診のデータもマイナンバーで管理されるという。将来的には、銀行口座にマイナンバーをつけ、所得の捕捉率や税収の増加などを可能にするとしているが、そうなれば、グリーンカード法の失敗と同じで、銀行預金は他の金融商品やタンス預金に移り、せいぜいチェックが入りやすくなる牽制効果で、所得の正確性がやや向上するくらいである。
 マイナンバーにより、政府は、国民の情報の入手が容易になる。特に、特定秘密保護法と合わせて出てきたことからすると、政府に都合の悪い情報は秘密にして、国民の情報は生涯不変の番号で検索、収集され、国家による一元管理が可能となり、独裁国家に近づくおそれがある。
 さらにマイナンバーを管理出来ない人の問題もある。認知症の高齢者などは、マイナンバーの意味を理解できず、通知が届いても管理できない。マイナンバーを覚えていなければ、社会保険や税とも結びつかない。施設入居している認知症高齢者は、その管理を施設でするか、家族でするか、身寄りがないときはどうするかなども決まっていない。そんな認知症高齢者に対し、マイナンバーカードを偽造して、なりすまし詐欺をすることはたやすいことのようにも思える。

 ●医療機関での対応は

 医療機関でまず関係するのは、2016年からの所得の源泉徴収票や社会保険の届け出時に、職員およびその扶養家族のマイナンバーの記載が求められるため、事業主はその聴取が必要となる。5万円以上の原稿料や講演料等の源泉徴収票にもマイナンバーの記載を求められる。しかし、全国保険医団体連合会(保団連)の見解では、これらの行政手続は、マイナンバーの記載がなくても処理できる旨を伝え、記載せずに提出することも可能である。
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 マイナンバー法の利用目的が社会保障や税などに限定されず、民間利用が拡大すると、個人情報の漏洩、名寄せ、個人番号の不正利用、国家による一元管理のおそれがあることがわかった。マイナンバーの記載には限界があり、マイナンバーの広がりで、世の中が良くなることはなさそうで、マイナンバーをあえて記載しないというサボタージュも一法である。
   (副会長・長沼誠一)

■群馬保険医新聞2015年11月号