【論壇】2017年を振り返って

【2017. 12月 15日】

2017年の出来事を思いつくまま、振り返ってみた。

1 米国トランプ大統領就任
1月、トランプ大統領は就任直後に、選挙公約にしていた医療保険制度オバマケア廃止を見据えた大統領令に署名したが、3月のオバマケア代替法案の議会提出は、多くの無保険者を生むとして与党共和党の中から反対者が出て撤回された。7月のオバマケア廃止法案も否決されたが、それは共和党との公約である、低価格の選択枝の多い医療保険案を出せなかったためで、10月にオバマケアの規制を一部緩和し、簡素な保険を選べるという大統領令を出したが、米国病院協会等も否定的な見解を出した。
オバマケアはオバマ前大統領が推進した医療保険制度改革法の通称で、最低限必要な民間医療保険加入を原則として義務化し、新たに2000万人超の低所得者が加入したが、健康状態が良くない加入者が増え、医療保険会社の収支が悪化し、自力で医療保険に入っていた中間層の保険料が上昇する問題も起きた。世界一の医療技術を持ちながら、国民が十分にその恩恵を受けられないアメリカの医療や保険には根深い問題がある。
1月の大統領令では、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明、日本が加入予定のTPPは実効なきものとなった。また、メキシコ国境沿いの「壁」の建設、イスラム圏7ヵ国からの入国制限などを巡り、立て続けに大統領令を出したが、オバマのやっていたことを否定するのが主眼で、その代替案も不十分で、実現したものは多くない。
6月には、「地球温暖化はでっちあげ」として、パリ協定からの離脱を表明し、国内の石炭産業などからの支持に応えた。
12月にはイスラエルの首都をエルサレムと認めるとしたが、これは選挙時のロシア疑惑隠しとも考えられ、自分に不都合な事が生じれば、目をそらすために、北朝鮮攻撃でもしないかと心配になる。

2 森友・加計学園問題
2月に大阪府豊中市の国有地が、森友学園に8億円値引きされて売却されていた事が明らかになり、その交渉経過の資料について、財務省は、1年も経っていないのに「全て廃棄した」と答え、11月に会計検査院から値引き根拠について不十分と指摘された。
この森友学園の小学校「名誉校長」には安倍首相夫人がついていて、首相付の政府職員からの財務省への問い合わせも行われ、財務省が首相の意向を推し量って値引きしたようで、「忖度」という言葉が流行った。
5月には、加計学園が獣医学部を今治市に新設することを国が認めた手続きをめぐり、加計学園理事長の友人である安倍首相、あるいは首相側近による不適切な関与があったのではとする疑惑が浮上した。加計学園は、国の国家戦略特区に獣医学部の新設を申請し、昨年11月に認められたが、審査のスケジュールをめぐって、内閣府が「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」などと開設を急がせたことをうかがわせる文書が報道され、当時の前川文科省事務次官が本物とみとめ、「極めて薄弱な根拠の下で規制緩和が行われた」と述べた。
安倍首相は、6月の国会閉会後、野党の特別国会の召集要請は無視し、7月の衆院閉会中審査では、加計学園の獣医学部新設計画を知った時期を「今年1月20日」と明らかに不自然な答弁をした。9月の国会は、この問題の追及をおそれたか、質議もせず冒頭開散し、野党の分裂に救われて10月の衆院選は大勝した。
11月の特別国会では、実質審議は1週間のみで、野党の質問時間も削り、与党のゴマすり質問で終わった。しかし、首相官邸の関与はあったのか、行政は歪められたのか、規制緩和に根拠はあるのかについて、解明は不十分であり、首相の取り巻きたちは優遇されるということは、その他でも多々ありそうだ。

3 東芝の大赤字
8月に電機大手の東芝の赤字が1兆円となることがわかった。原因は、2006年に買収したアメリカの原子力会社の2011年以降の赤字と、2015年に買収した原発工事会社の赤字7000億円だという。2006年には、半導体と原子力の2つの事業を本丸に据えたが、2011年の福島原発事故以降、国内および世界の原発需要は一気に冷え込み、原発の受注はゼロになり、その時点で契約していた原発も工期が延び、建設費用が増加するなどしたが、赤字は隠されていた。
今、世界の原発ビジネスはリスクという壁に直面し、フランス、ドイツ、アメリカも原発事業は赤字だったり、撤退したりしている。日本ではまだ国策として原発を推進しているが、安全規制の強化による建設コストの拡大という世界的な流れのなかで、安全性だけでなく、コスト面でも将来性はない。毎年コストの下がる太陽光などの自然電力に対し、原発は事故などが起こるたびにコストが上がり続けている。東芝の大赤字は原発からの撤退をうまくできない企業の行く末を示した。

4 共謀罪法案
3月に政府は、犯罪の計画段階で処罰する「テロ等準備罪」を新設する法案(組織犯罪処罰法改正案)を閣議決定し、6月に成立させた。
この法案の目的を、国連における国際組織犯罪防止条約(TOC条約)批准のためとか、東京五輪に向けた「テロ等の組織犯罪への対策強化」と強調しているが、その内容は、国民の思想・内心・対話などを処罰の対象にする極めて危険な法律であることが浮き彫りとなった。「共謀罪」は、犯罪行為を処罰する大原則(既遂)を覆して「合意」や「準備行為」という計画の段階で処罰するものであり、憲法第19条で保障された「思想・良心の自由」を著しく侵害するものである。取り締まり対象が、一般市民に向いていて、このままでは国民の日常的な会話や通信を監視するための盗聴・盗撮・内偵など、人権侵害性の高い捜査が横行し、逮捕・拘留等の警察権が格段に強化されることになる。「共謀罪」の本質は現代版「治安維持法」であり、特定秘密保護法や安保法制との流れの中にあり、目的不明の共謀罪が成立したということで、任意捜査の名の下に警察による監視活動が広がることは明らかである。
TOC条約を批准している国でテロが起きていて、共謀罪発祥の地とも言われるイギリスでもテロが続いている。政府が本当の目的を言わないときは危険であり、気づいたら「時すでに遅し」は、過去の歴史が示している。共謀罪とは、政府、司法が「共謀」して、為政者にたてつく不逞の輩を弾圧するための新たな道具を用意した事になる。

5 北朝鮮の核開発、ミサイル
2月、金正男氏がマレーシアで北朝鮮の工作員によって暗殺された。このことで北朝鮮という国家の体質が再確認された。9月には6回目の核実験を行い、水素爆弾の実験成功と発表した。8、9月には中距離弾道ミサイルの発射実験を行い、日本上空を通過し、太平洋に着水した。日本では全国瞬時警報システム(Jアラート)からの弾道ミサイル警報音で国民を不安にさせ、防空演習を行った所もあったようで、緊迫する北朝鮮情勢の国難突破を口実に解散にでた安倍首相を援護した。
11月には長距離弾道ミサイル実験を行い、その飛距離能力から、射程が5500キロ以上の大陸間弾道ミサイルICBM級とみられ、北朝鮮は水爆とICBMを装備したと誇示した。
このようなな北朝鮮の行動は、「イラクやリビアは、原爆がなかったためにアメリカに攻撃された」との考えからと思われる。金正恩体制を守ることが最優先で、太平洋戦争前の日本が国体を守ると言っていたのと同じ理屈であり、石油禁輸などの経済制裁圧力をかければ引き下がるとも思えない。
11月に日本で会談した安倍首相とトランプ大統領は、対話ではなく、圧力で北朝鮮政策を変えていくとしているが、戦争被害への配慮はない。ミサイルは水爆でなくても、韓国、日本の原発に落とせば、被害は原爆級となりうる。
ミサイル防衛に備えるというイージス艦は、コンテナ船やタンカーも避けられない事がわかっており、不意打ちの攻撃に有効とも思えない。そんな無駄なイージスを、トランプの口車にのり地上配備のイージスアショアまで購入すると約束したが、世界が危険なのは、金正恩だけでなく、トランプや安倍などの指導者がいるという事にもある。

6 ノーベル平和賞・文学賞
10月、核兵器の廃絶を目指して活動し「核兵器禁止条約」が採択されるのに貢献した国際NGO核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞が授与された。これは、金正恩、トランプなどと反対で、うれしい動きだ。
文学賞は、長崎生まれの日系イギリス人、カズオ・イシグロ氏が受賞した。5歳で両親と渡英し、大学院で創作を学んだ。1982年に書いた最初の長編「遠い山なみの光」は、戦後の長崎と現代のイギリスを舞台とした作品で、89年の「日の名残り」はイギリスの大邸宅の執事の物語。それぞれの作品で日本人性、英国人性という自身の根っこを確認した。それらを経て、95年の「充たされざる者」以降は、毎回新しいものに挑戦している。日本と縁のあることで、いいことはうれしい。
(副会長 長沼誠一)

■群馬保険医新聞2017年12月号