【論壇】医師・歯科医師の団体としてTPPの問題点を発信し続けよう

【2016. 11月 15日】

 一時は、医師会・看護協会・薬剤師会が一緒になって反対集会まで開催したTPPだが、もうあきらめてしまって良いものなのか。そもそも、私たちは、なぜTPPに反対したのか 。

●皆保険制度の危機

実際の医療にどう影響するか。曲がりなりにも確立された治療法を保険適応にして、より少ない負担で治療が受けられる今の日本の保険制度は、戦後日本が作り上げた、世界からも評価の高いものだ。日本では、自動車であっても少し傷がついただけですぐに修理するのと同じように、病気や怪我も、軽いうちに医療とつながり、重症化を防ぐのが当たり前となっている。早期に対応する方が、結局のところ医療費も低額に抑えることができる。ところが最近では経済格差が広がり、3割負担であっても高額なため、支払い困難となり、いつの間にか治療中断になってしまう。
TPPに参加するしないに関わらず、保険制度をどう運用していくかは、私たち医療提供者も悩ましいところであったが、今後も時代に合わせて皆保険制度を維持していこう、というのが共通認識だろう。

 ここに、利潤追求の株式会社が参入してきたら、どうなるか。TPPを話題にする場合、日本の保険制度に介入してくるのは、主にアメリカの産業である。この時に、ISD(国家と投資家間の紛争解決)条項が、破壊力を発揮する。多国籍企業や投資家が「損害を受けた」として、投資先の国を訴えることができるのだ。
 これまで、日本で政策を決める最高決定機関は国会であり、違法かどうかの判断は、法律に基づいて最高裁判所を頂点とする司法の場で行われていた。これを、米ワシントンを本拠地とする世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに持ち込むことができ、裁判は米国で行われ、判断を下すのも米国人だ。これまで、北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)で、発動された例を一つ紹介する。
 アメリカ企業がメキシコに産業廃棄物施設の建設を申し出たが、環境保護のため、地元の自治体が建設を不許可とした。これがNAFTAに違反すると、アメリカ企業がISDを使い訴訟を起こすと、メキシコが協定違反ということになり、日本円にして12億の賠償をすることとなった。

多国籍企業が損害を受ける可能性はあるか。日本の皆保険制度が充実することは、そのまま民間保険の市場が狭くなることに通じる。公的保険では十分にカバーできないから民間保険に加入するわけだが、公的保険が充実すれば、民間保険の出番は少なくなる。薬価についても同じである。現在、日本では医療財政上の問題と個人の医療費負担を考慮し、薬物選択に可能な限り後発医薬品を使用することが定着している。高薬価の薬剤使用を強制されたら……、問題はいくらでもあげられる。
遺伝子組み換え作物は、今のところ人間に有害であるというエビデンスはない、と言われる。しかし、国民の中にある不安は、すぐに取り去れるものではない。グレーゾーンにあるものを黒と証明する責任が、規制したい国に求められるとすれば、不安は増すばかりである。多国籍企業からの「遺伝子組み換えでない」という表示をするな、という要求を拒否すれば「損害を受けた」と、提訴される可能性が出てくる。「国産」の表示は、農薬や防カビ剤などの使用を消費者が購入時に判断する材料であるが、知らせることで販売量が減ることになれば、これも「損害」とみなされるだろう。

そもそも、司法主権・国家主権の侵害であり、憲法違反の内容を多く含む協定となる。医療以外の分野での影響も多々あろう。国民の健康と暮らしを守ろうとする私たち医師は、この協定の違憲性と危険性を広く市民に伝える責務があると考える。
   (副会長 深澤尚伊)

■群馬保険医新聞2016年11月号