●マイナンバーの当初の目的
2016年1月から始まったマイナンバー制度は、社会保障、税、災害対策の3分野で、複数機関に存在する個人の情報を同一人と確認するために活用され、「便利な暮らし、より良い社会」を目指しているとの事だが、実際はそうでもない。
税の確定申告時には、マイナンバーの記載と本人確認書類の写しの添付が必要となり、手間は省けない。2016年4月の熊本地震の際、被災者の確認にも全く役立たず、今後も活用できる体制はない。行政実務の現場で苦労するのは、同一の世帯かどうかの判断で、個人に番号を振っても、世帯ごとの把握はできない。税務面では、不適切な案件があぶり出せる利点があるとしても、お金の出入りを照合するシステムではないので、大幅な税収増にはつながらない。
マイナンバーの効果は、大したことがない反面、そのシステム構築には莫大な費用がかかり、サイバー攻撃などからの防御も完全にはできない。
●マイナンバーカードと健康保険証
2019年2月、政府は健康保険法等の一部を改正する法律案を閣議決定した。健康保険の加入者情報をオンラインで確認できる規定が設けられ、マイナンバーカードを健康保険証として使えるようにする。システムを導入した医療機関では、患者はカードがあれば保険証を見せる必要がなくなり、医療機関側は事務作業の負担が軽減し、医師は患者の同意があれば過去の受診歴や薬の処方歴の確認ができるという。
●マイナンバーと医療情報の紐づけ
日本医師会は2019年2月、マイナンバーカードに保険証の機能を搭載するとした政府の方針について、「マイナンバーと医療情報とが紐づけされるということはない」と強調し、そうした誤解が生じることへの懸念を示した。先述の改正案では、2021年3月から、マイナンバーカードのICチップを専用の機械で読み込むことで、保険証の有効性確認などのオンライン資格照会を可能にするとし、医療情報のオンライン照会については協力的な姿勢を示した一方で、「マイナンバーそのもので保険証の代用ができるという誤解が一部で広がっているが、あくまでもマイナンバーカードのICチップに搭載された情報で保険証の確認をするということ」とした上で、「今後もマイナンバー自体に医療情報が関連付けられることはない」との見解を示した。
●医療情報への番号制度(医療等ID)
2015年5月、政府はカルテや診療報酬明細等の医療情報に番号制度を導入する方針を決定し、マイナンバーのシステムと医療関連のシステムを連動させる予定である。主な目的は、二重の投薬や検査の回避と診療結果や処方薬の情報共有である。しかし、マイナンバーを医療現場で使用することに反対してきた日本医師会の意向(医師に個人番号の取り扱いをさせたくない、漏えいした場合の影響範囲が個人の人生そのものに影響を及ぼす可能性が高い等)に配慮した形で、医療等IDの導入が決定した。医療情報学連合大会においては、マイナンバーを医療分野で用いない、マイナンバーに替えて医療等IDを創設する、現行の保険証を活用して医療等IDを保険証に記載する、マイナンバーカードをオプションとしてオンライン保険資格確認にのみ利用するという4項目が明示された。
●マイナンバーカードなしで資格確認は可能
政府はマイナンバーカードを健康保険証にする準備を進めているが、マイナンバーカードがなければ資格確認ができないわけではない。厚労省は、被保険者番号(現行の世帯単位から個人単位にする予定)でも、医療機関の窓口での資格確認を可能にすると説明している。また、これまでの健康保険証が廃止されることもないので、窓口にはマイナンバーカードを出す者と保険証を出す者が混在することになり、窓口対応がより複雑になる。健保組合や医療機関などには、システム構築や維持管理、セキュリティ確保などの新たな負担が生じることになる。
政府は、マイナンバーは安易に見せてはならない番号だと説明しているが、マイナンバーカードを保険証とすれば日常的に持ち歩くことになる。カードの紛失や盗難によるマイナンバー流出の可能性が著しく増大するため、マイナンバーカードで受診する者は多くはないだろう。マイナンバーカードでの資格確認に使用されるのは、カードのICチップに記録されている公的個人認証の電子証明書であり、被保険者番号が記された健康保険証であれば、この過程は必要なく、マイナンバーカードは無駄となる。
●被保険者番号の医療等ID化 プライバシー侵害を強く懸念
マイナンバーカードを用いて資格確認をしただけでは、マイナンバーと医療情報が紐付けられることにはならないが、マイナンバーと被保険者番号は結びつけられており、レセプト情報ともつながっている被保険者番号と、医療等IDとの関係がどうなるかが問題となる。
医療等IDは医療情報とつながることが想定されているが、政府は効率性などを理由に医療等IDに、個人単位化された被保険者番号を使うことを検討している。しかし、被保険者番号は見える番号、見せる番号であり秘匿扱いはされておらず、これを医療等IDとすればプライバシーの漏洩、侵害を引き起こす可能性は極めて高い。また、被保険者番号が医療等IDになれば、マイナンバーと医療等IDは当然のように結びつくことになる。
●名寄せ個人情報で医療給付の制限も
マイナンバー制度の目的は、行政機関等が保有する個人情報を効率的に名寄せすることであり、カードが普及しなくても名寄せの実現には支障はなく、マイナンバーと紐付けられる個人情報(例えば戸籍や資産情報など)が今後も増えていくのは間違いない。
経済界がマイナンバーの開放を強く求めており、民間企業等が保有する個人情報と結びつけられたりプライバシー侵害などを引き起こす可能性を高める。個人情報を集めれば集めるほど、生活実態がより詳しくわかり、個人にカスタマイズされた形で社会保障や医療の制限を行いやすくなる。既に特定健診の結果をマイナンバーと結びつけることは法的に可能となっており、政府の産業競争力会議などでは、個人の責に帰するリスクに応じて保険料を増減できないかといった議論が行われている。
マイナンバーと紐付けられる個人情報、特に医療情報は、漏洩だけでなく、その利用の仕方を注意深くみていく必要がある。
(副会長 長沼誠一)
■群馬保険医新聞2019年7月号