1 マスクの着用
勤務医の頃は手術、検査時などにマスクはしたが、マスク嫌いの私は内科開業後、マスクは殆どしていなかった。
しかし、2月頃から日本で新型コロナ感染者がクルーズ船などで増え始め、マスク着用が叫ばれ出すと、職員はマスクをするようになり、3月に群馬県内で開業医の院内感染が発生すると、医師会から濃厚接触者にならぬ様にサージカルマスク着用を要請され、仕方なく私もするようになった。
4月には伊勢崎市内の近所の高齢者施設で集団感染があり、医院の玄関に注意書きを張り出し、感染症状のある人は車中待機、来院者にはマスク着用をお願いした。
2 マスク不足
3月頃からマスクをする人がふえて需要が急増した結果、マスクは入荷しなくなり、医師会等から50枚位配布されたマスクを職員と分けて使用した。
サージカルマスクは使い捨てが原則だが、品不足で替わりがないので1週間位は使った。他病院の勤務医でも同じ様な話を聞いた。
マスクの価格も、去年は一箱50枚で500円程度だったが、5000円でも入手困難になった。
これは、原材料価格が高騰したことに加え、マスクの最大生産国の中国が生産量を増やしてはいたが国内需給を優先し輸出が減ったことや日本の主要マスクメーカーが生産効率の面から10年程前に中国へ工場移転しており、日本への輸出ができなかった事なども影響した。
そんな中、シャープがマスク製造を新たに始め、4月末に2980円+税で販売した国産マスクには、100倍の申し込みがあった。
5月頃からは中国からの輸入も増え、マスクの価格も下がり、入手も楽になり、7月にアイリス・オーヤマは高付加価値の国産マスク製造を始めた。
3 感染防護具不足
マスク不足と同時に、感染防護具のガウンなども不足し、感染のおそれの多いインフルエンザ検査や内視鏡検査は控えられた。
伊勢崎市では、内視鏡検診の開始が例年の5月から2ヶ月遅れ、私の所でも8月にアマゾン通販で個人防護具がやっと入手可能となり、対象者を従来の半分程度に絞って9月から始めた。
コロナ患者の入院施設などでも、個人防護具の不足が叫ばれている中であり、製造者側は製造コストが安いという生産効率性だけで国外に移転し、いざ必要なときに自国内で生産できないというのは、その国の安全保障に重大な影響を及ぼすといえる。
安全保障とは軍事だけでなく、医療、食糧など多分野に渡ると実感した。
4 マスクの効用
マスクの効用にも変化が見られた。
WHOは、3月には「咳などの症状のない人にマスク着用を推奨しない」といっていたが、6月には「他人に感染させないためにマスク着用を推奨する」と変わった。
これは、マスクはウイルスの吸入防止は期待できないが、飛沫減少には効果があることがわかったことと、発症後に感染のピークのくる季節性インフルエンザと違い、新型コロナは発症1日前が感染のピークであり、50%は無症状者から感染するためである。
コロナの無症状者の飛沫拡散減少にはマスクが効果あると認められた。
5 マスクの歴史
日本でのマスクの使用については、1918年のスペイン風邪の頃に、政府のポスターに 「マスクつけぬ命知らず!」とあり、その頃から使われ始め、インフルエンザの流行時に増えていった。
1948年には日本発のガーゼマスクが売り出され、1973年に不織布プリーツマスクの生産が始まり、1980年頃の花粉症流行を経て、2000年頃に、不織布マスク、立体形マスクが売り出された。更に新型肺炎SARSや新型インフルエンザ対策などもあり、日本ではマスク姿が普通になった。
医療用や花粉症用には不織布マスクが一般的だが、マスク不足の時には自作の布マスクが増えた。いずれも飛沫減少には有効である。
しかし、ガーゼ製のアベノマスクは使用者を殆ど見ず、国費のムダだった。
6 マスク使用の国による違い
世界各国のマスクの使用状況をみると、日本を始め東アジアの国々では使用率が高く、コロナ感染者数が少ない事と関連ありそうだ。
ベトナムなどのバイクに乗る国では、排気ガスや道路の土埃を防ぐ、大きな布製ベトナムマスクを使用している。
それに対して、欧米ではマスクの習慣がなく、マスク着用に抵抗感が強い。
アメリカでは、3月にコロナ感染の爆発的増大が生じ、4月にニューヨーク州で公共の場でのマスク着用が義務化され、8月には半数以上の州で義務化された。しかし、共和党の強い南部ではマスクをつけない人が多く、今でも感染拡大が続いている。
マスク着用義務化に賛成の民主党バイデンと、反対の共和党トランプとの間で行われた大統領選挙では、マスク着用の有無で、どちらの支持者か分かった。
マスク着用を軽視したトランプは新型コロナに感染し入院したが、退院後もマスク無しを続けた。「コロナを怖がるような弱虫ではない」と強がっている様だが、その支持者も同じ行動をして、感染拡大を生じている。
大統領選挙はバイデンが勝ち、マスク着用を唱えているが、コロナ禍においては、マスクの他に、握手やハグ、飲食などの習慣も変化せざるを得ない。
7 マスクによる表情の変化
マスク着用の欧米での抵抗感については、相手のどこをみて表情を判断するかも関係しているようだ。
日本では、主に目元で表情をみるのでマスクしてもある程度表情を読み取ることができるが、欧米では、笑ったり、大声出したりの口元をみるので、マスクをすると表情がわかりにくく、不気味と感じ、抵抗感が強いようだ。
8 マスクで困ること
コロナ禍で親戚の通夜に行ったが、マスク姿で顔がわからず、ゆっくり話もできずに挨拶して帰ったが、誰がきていたかよくわからずだった。マスクをしての焼香など、お互いによくわからず、人のつながりがなくなってしまう。
私の医院の待合室でも、会社当時の知り合い同士がマスクをして隣に座っていたが、名前を呼ばれた時にやっと気づいたという。
マスク姿では、道ですれ違っても誰かわからず、人との接触は減ってしまう。マスクを外してゆっくり話ができる様になるのはいつの日か。
「マスクして我と汝とありしかな」 高浜虚子 1937年作
(副会長 長沼誠一)
■群馬保険医新聞2020年12月15日号