新型コロナウィルス:SARS―CoV2によるCOVID―19が日本に上陸してからこれまで国内では40万人以上が感染し7000人以上が亡くなっている。さらに後遺症を持ったままの生活を余儀なくされている方も多数いらっしゃる。世界中では6000万人以上が感染し250万人が亡くなっている。
この人数は多いか少ないかを平常時の死亡率と比較して議論することは様々な観点が存在するため、この紙面では行わない事とするがCOVID―19によって人命が失われている事には違いない。
この感染症がもたらしたインパクトは計り知れない。感染症に対する関心は一気に高まった。ニューノーマルという言葉も聞かれるようになった。
もともと、日本人はマスクを日常から装着している人も一定数いたことも幸いしてか、国内では外出時に常時マスクを着用するユニバーサルマスクの習慣や手指衛生の徹底が定着してきている。しかし、一人一人が気を付けていても人の移動が盛んになると残念ながら再び感染者が増加し、現在では地域限定であるものの2度目の緊急事態宣言の発令に至っている。
これらの感染を食い止めるため世界中でワクチン接種が開始されている。これまでに世界では1億5000万回以上の接種が実施されてきた。日本国内でもファイザー社製ワクチンの接種が開始され、連日ワクチン関連の報道を目にする。いかに今回のワクチンに関心が寄せられているかを示すものだ。それは周知のとおりこれまでのワクチンとは異なり、mRNAを使用した技術が使用されている事が大きな要因である。
人間は新しいものに対して警戒するし不安に思う。それは当然であると思う。しかし残念なことに、このワクチンをめぐりフェイクニュースや疑惑と憶測に基づき不安を意図的あるいは非意図的に煽るような情報が流れ、それに基づき情報が拡散し個人や団体まで一部混乱が見られる。
このような時こそ、我々医療者はエビデンスに基づき判断・行動するべきではないだろうか。
もちろん、直感に基づき判断することを全て否定するわけではないが、近代医学はエビデンスに立脚し判断・行動することが医学的にも法的にも求められる。
これまで、mRNAワクチンは、これまで悪性腫瘍、ジカ熱や狂犬病のワクチンとして研究開発・臨床試験が行われてきた。1990年代から開発が開始され特に、この10年間で急速に研究が進んできた分野と言える。基幹技術の多くはすでに開発済であったため、この技術を転用しSARS―CoV2用のmRNAワクチンは実用化された。
理論上、これまでのワクチンより安全性は高いと考えられる。実際のウィルスは使用せず抗原であるスパイクタンパクのみをリボソームで生成し、速やかに確実に抗原提示を行うのが主なメカニズムである。(図1)特筆すべきはその有効性である。95%の有効性とされている(図2)。インフルエンザワクチンが30~60%とされていることから考えると十分に効果的であると思われる。またこれまでのデータより感染予防、発症予防、重症化予防とワクチンに求められる機能は備えている事もメリットである。


では、効果的であるとして、実際の安全性はどのような物であろうか?それを裏付けるデータとしてアメリカのACIPの「COVID-19vaccine safety update(2021.1.27)」を参照すると図3となる。

ワクチン接種後の軽微な副反応は多くのケースで報告されている。接種1回目より2回目の方が副反応は起こりやすい。このほかに重篤な副反応としてアナフィラキシー反応が挙げられる。アメリカでは1000万回接種で50件の報告である。既存のワクチン接種と比較して発症率はやや高め(既存のワクチンは100万回に1例)と考えられる。おもなアレルギー反応の原因は添加剤のポリエチレングリコール(PEG)と考えられている。ワクチン接種が直接の原因となる死亡例の報告はない。
一方、一部報道で「アメリカではワクチン接種後に501人が死亡した。安全性に疑問」との報道もある。米CDCのワクチン有害事象報告制度(VAERS)のデータを基にしているのだが、
VAERSの報告は接種後に起こる全ての事象を対象としている。つまり自然発症も含まれているため3500万人接種に対して501人の死亡は自然発症の範囲(アメリカの死亡率は10万人あたり500人/年である)と考えられる。これは印象操作と言わざるを得ない。現代の報道は受信者側にも一定のスキルが必要なようだ。
ワクチンの接種はゼロリスクではないが今のところ海外のデータをみると、これまでのワクチン接種としてリスクが高いとは言えない。我々は日常的に多くのリスクを許容している。例えば車の運転などがそれにあたる。日常的なリスクと比較して決して高くないリスクを恐れる心理状態は、行動経済学的にみると現状維持バイアスや現在バイアス、確率加重関数などからも説明される、むしろ妥当な反応である。
mRNAワクチンは元々、他のウィルスや悪性腫瘍に対して開発されてきたため、既に開発中の第1層・第2相試験のワクチンでは接種後、数年での健康被害の報告はないようだが、まだ接種後10年以上の長期的なデータはない。しかし、客観的な数値や有効性を考えると医療者としてmRNAワクチンの接種はベネフィットの方が明らかに大きいのではないだろうか。
今回のワクチン接種において重要なことは、周囲に惑わされることなく個人がメリットデメリットを考え、総合的に判断し正しく恐れることが重要なのではないだろうか。まだ心配だと思う方は無理して接種する必要はない。エビデンスに基づき正しくリスクとメリットを天秤にかけ接種したいと思う人が接種すれはよいのではないだろうか。
(研究部・歯科 石原宏一)
■群馬保険医新聞2021年3月15日号