【論壇】中絶の変遷と課題

【2021. 10月 18日】

 日本における中絶件数は60年前の年間106万件から年々減少していき、2020年には14万件と大幅に減少している。出生数もこの間に160万人から84万人へと減少しているが、中絶はそれを上回る減少率である。これには戦後の生活難の改善やコンドームの普及から始まり、現代ではセックスレスの増加や晩婚化により希望する子供の数を超えないことなどが要因として考えられる。にもかかわらず妊娠した女性の約15%が苦悩しながら中絶をしいている現状を鑑みると、まだまだ対策が必要である。

 避妊方法について検討すると、パール指数(100人の女性が1年間で妊娠する人数)でみたときコンドームを適切に使用した時の指数は2だが、実際は15程度である。こうした実態から、コンドームは不確実な避妊方法だと言える。それに比べてピルや子宮内避妊具のパール指数は0.3と低い。早い時期から性教育を行うことで、こうした確実な避妊法を普及させていかなければならない。また、育児の負担が大きくて出産を躊躇するケースも増えている。24時間・365日受け入れ可能な託児所を増やすなど、育児と仕事が両立可能な環境を整えることは中絶を減らすだけでなく、少子化対策としても喫緊の課題だ。

 中絶に関する法律は1948年に優生保護法が成立し、1996年に現在の母体保護法に改正された。優生保護法には『優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する』と書かれており、こうした優生思想のもとに国主導で多くの強制不妊手術が行われた苦い歴史がある。また、中絶可能な妊娠週数も周産期医療の進歩ともに、当初の妊娠8カ月未満から現在は妊娠22週未満へと変わった。

 実際に中絶の方法も変化しつつある。12週未満の妊娠初期において従来はキュレットや胎盤鉗子を用いる掻爬法(D&C)が行われていたが、数年前から子宮穿孔リスクが低い手動真空吸引法(MVA)が広まりつつある。また、ミフェプリストンとミソプロストールの内服による中絶法も治験が行われている。9割以上で胎嚢を排出できる一方で、強い腹痛や出血、排出に時間がかかる、追加処置が必要となるなどのケースもあり、適応や管理法などについてさらなる検討が必要である。

 出生前診断の分野では遺伝子技術の発展により、8年前から母体血中の胎児DNAを検査するNIPT(非侵襲性出生前遺伝学的検査)が行われている。妊娠10週から検査ができ、認定施設ではダウン症を含む3種のトリソミーについて検査できる。確定診断には羊水検査が必要であり、遺伝カウンセリングも義務付けられている。約100の認定施設で、年間1万件以上の検査が実施されている。

 しかし、無認可で検査している施設がそれ以上にあると報告されており、産婦人科以外の施設も少なくない。そこでは性別を含む様々な検査が行われ、さらに説明が不十分なことも問題となっている。 

 こうした背景には晩婚化により第一子出産年齢が平均30.7歳に上がり、染色体異常のリスクが以前よりも高まっていることも関係している。30%の妊婦がNIPTに興味をもっているとのアンケート結果もあり、認定基準を緩めて認定施設を増やすこと及びルールの厳格化を並行して進めていくことが求められる。

 出生前診断は『最適な分娩方法と療育環境を検討すること』が本来の目的だったが、検査で陽性となった妊婦の約9割が中絶を選択している。母体保護法では胎児の障害や性別を理由とした中絶は認めておらず、矛盾が生じている。

 まずは妊婦の抱える不安を和らげるためにも、障害者福祉の充実や差別の解消といった社会環境の改善に取り組んでいかなければならない。さらに優生思想に流されないよう慎重になりながらも、母体保護法のありかたを含めた幅広い議論をすべき段階に来ている。

(環境平和部長 白石 知己)

■群馬保険医新聞2021年10月15日号