地域災害拠点病院としての変遷

利根中央病院 病院長 関原 正夫

はじめに

利根中央病院は1999年に「群馬県地域災害拠点病院」に指定されました。災害拠点病院とは、1996年に当時の厚生省の発令によって定められた「災害時における初期救急医療体制の充実強化を図るための医療機関」とされています。群馬県においては基幹災害拠点病院として1病院、地域災害拠点病院として16病院が指定されています。災害拠点病院には種々の指定要件がありますが、その一つに災害派遣医療チームである「DMAT(Disaster Medical Assistance Team)」を保有し、派遣体制があることが必要です。災害時に通常の医療体制では被災者に対する適切な医療を確保することが困難な状況となった場合、災害拠点病院の使命は①医療救護班としてDMATの派遣を行うこと、②多数発生した傷病者の受け入れを行うことです。この2点について当院の関わりと、加えて新しい取り組みについて紹介させていただきます。

DMAT派遣

 平成以降、利根中央病院としての災害派遣は「阪神・淡路大震災(1995年)」から始まりました。医療救護班としての「DMAT」派遣については、県外派遣として「新潟県中越沖地震(2007年)」に始まり、「東日本大震災(2011年)」・「台風19号長野水害(2019年)」・「COVID-19ダイヤモンド・プリンセス号集団感染(2020年)」において派遣を行っています。群馬県内では、「東日本大震災(2011年)」の際の病院避難受入れや「本白根山噴火(2018年)」に関わっており、広域災害から局地災害まで幅広く活動しています。このDMAT隊員は、2006年10月に当院として初めて5名が登録されたのを皮切りに、現在は20名を超えており、医師・看護師・事務系職員はもとより、放射線技師・検査技師まで多職種にわたっています。これら隊員は、院内災害対策委員会の構成員であり、有事の際に院内災害対策本部が設置される時には本部構成員としても活動します。

多数傷病者の受け入れ

 実際に当院では多数傷病者の受入れを行った経験はありませんが、災害拠点病院は、いつ押し寄せるかわからない多数傷病者に対応できるよう備えていなければなりません。そのために、2007年より多数傷病者受入れ訓練を開始しています。初年度は30名の模擬傷病者に対しての訓練でしたが、2019年には模擬傷病者60名、総参加人数150名を超える大規模な訓練を行いました。しかしながら、コロナ禍においては災害対策本部を中心とした机上訓練となっています。

 災害の第一報が入ると、多数傷病者を受け入れるための準備を開始しますが、受入れのために新たな部署を複数開設する必要があります。当院ではこれらの部署への人員配置を容易にするために、災害マニュアルの整備もおこなっています。続いて傷病者が来院すると、重症度判定であるトリアージが行われます。応急処置や必要な検査後に確定診断を行い、根本治療の方策を立てねばなりません。平時においては、診療の中心は医師によって行われますが、災害時は爆発的に拡大する医療需要にさらされることになり、医師の対応が遅れていきます。さらに、手術等の根本的な治療が開始されれば、ますます医師数は削がれ、病院の提供できる医療力が低下していくことになります。

 当院の取り組みとして医療力を維持するために、看護師に重症度判定を行わせることを目的とし、災害に特化した「トリアージ・ナース」の育成を行いました。またそれだけにとどまらず、傷病者が来院してから収容先決定までの情報の流れを理解してもらう様に、講習の充実を図りました。これにより、初期対応は教育された看護師が中心に行い、医師は「医師でしかできない業務」に集中することが可能となります。一方、医師・看護師以外の職員は、災害時において通常とは全く異なる業務を行う必要があります。病院の医療力維持のために医師・看護師以外の職員への教育も必要と考え、災害に特化した講習会を実施しました。

新たな対策

 当院は2015年に片品川に隣接する現在の土地に新築移転しました。移転時は洪水浸水想定地域の想定外でしたが、2017年の水防法改正により沼田市の防災マップの改訂が図られた結果、当院が浸水地域および川の流れにより川岸が削り取られる河岸浸食地域に含まれることになりました。片品川上流には「薗原ダム」があり、線状降水帯による豪雨の様な百年に一度規模の大雨の際に、ダムの緊急放流が行われます。それに伴い、当院自体に浸水あるいは河岸浸食が発生する可能性が指摘されています。このことは、浸水であれば、垂直避難(建物の上層階への避難)で対処は可能ですが、河岸浸食に対しては水平避難(病院避難)が必要であることを意味します。

 大雨の予報から実際の降雨に続いて氾濫危険情報の発出にともない、病院災害対策本部が設置されることになっています。対策本部では、院内の入院患者情報の集約を行い、各連携機関との調整を開始します。薗原ダム緊急放流決定とともに、対策本部では病院避難の決定がなされます。病院避難には避難患者・搬送手段・避難先施設・添乗職員といった4つの要素のマッチングが必要で、緊急放流決定から放流まで4時間・放流開始から水害発生まで1時間とされている中で病院避難を完了せねばなりません。

 2022年10月の水害に伴う病院避難訓練では、医師会・病院群輪番制病院・保健福祉事務所・消防・行政・老人施設・ダム管理事務所等の協力をいただき、病院避難の机上訓練を行いました。避難決定までの情報収集や各機関との調整、決定後のマッチングの迅速化などの訓練が順調に実施でき、制限時間内での病院避難が完了しました。

おわりに

 多数傷病者対応においては、コロナ禍前は受入れ訓練前に看護師および医師・看護師以外の職員に対して技能維持のための更新講習を行ってきました。コロナ禍では、集合研修の開催中止により更新講習ができていないのが現状です。また、水害にともなう病院避難についても精度を上げて行かなくてはなりません。今後も地域災害拠点病院として訓練の実施や教育の継続をしていく所存です。