日本の生殖医療の現状と問題点①

医療法人愛弘会 横田マタニティーホスピタル理事長 横田 佳昌

 不妊治療は大きく2つに分けられます。タイミング指導や人工授精などを行う「一般不妊治療」と、体外受精や顕微授精、凍結胚移植を行う「生殖補助医療(ART)」です。通常の治療ではまず一般不妊治療を行い、それでも妊娠に至らなかった場合にARTを行います。しかし日本の最近の不妊治療は一般不妊治療をあまり行わず、すぐにARTを行う風潮になっているように思います。なぜ日本は積極的にARTがすすめられているのか、その理由を探っていくと生殖医療の抱えているいくつもの問題点が浮かび上がってきます。 

 最近の傾向として「早く妊娠したいならすぐにでもARTをした方が良いですよ」とARTを真っ先にすすめる施設が多いように思われます。当院の患者さんで、卵管も精子も正常なのに妊娠しない「原因不明不妊」の方のデータでは、ARTより一般不妊治療の方が早く妊娠に至っており、妊娠率は60%を超えています。もちろん両側卵管閉鎖や重度の乏精子症の患者さんは直にARTの適応となります。

 2019年度の公益社団法人日本産科婦人科学会発表のART成績を見てみますと、総治療周期数は458,101件、生まれた児の総数は60,598人となります。その年の日本の総出生数が865,239人ですので、全出生の14.3人に1人がARTで生まれたことになります(図1)。日本の総治療周期数は中国に次いで2番目に多いです。2017年度の日本、ヨーロッパ主要国(21ヵ国)、アメリカのART周期数を人口で比較しますと日本はヨーロッパの2.5倍、アメリカの4.1倍多く行われております。一方日本の総移植当たりの妊娠率は33.0%、総治療周期あたりの生産率は12.9%で決して高いとは云えません。また体外受精、顕微授精、凍結胚移植の治療法別出生児数の割合は凍結胚移植が89.4%で断然トップです(図2)。近年凍結胚移植は世界中に広まりつつありますが、日本程多くの凍結胚移植を行っている国はありません。日本は新鮮胚移植よりも凍結胚移植の妊娠率の方が明らかに高い傾向があり、それは日本の凍結技術が高いことによるものと思われます。しかし2014年度の国際生殖補助医療監視委員会(ICMART)の年次報告では、日本の採卵当たりの生児出産率は7%で世界76ヶ国中最下位でした。

 以上のことから、日本は妊娠という結果が出せない無駄な採卵がたくさん行われている国と云っても良いかと思います。しかし日本は世界に遅れをとっているわけではありません。胚移植当たりの妊娠率はそれ程悪いわけではありませんし、凍結胚移植の妊娠率は世界のトップグループに位置しております。

 採卵当たりの妊娠率が悪い原因については9月号で詳細に述べさせて頂きます。今年の4月から不妊治療が保険適用となりました。ですが、疑義解釈が多く医療の現場では混乱が起きています。都道府県によっても解釈がまちまちでしばらく混乱が続くと考えられ、充分な準備ができていないままスタートしてしまったと感じます。今一番困っているのが、今まで使用していた薬剤(排卵誘発剤等)に出荷制限がかかり潤沢に入荷してこなくなったことや、今まで行ってきた治療ができなくなってしまったケースが多くあるということです。早くスムーズに治療ができるようになることを願って止みません。

次回8月号では“一般不妊治療の重要性”について述べさせて頂きます。

図1 ART治療周期数2019(公益社団法人日本産科婦人科学会「ARTデータブック2019年」より)