不妊治療の保険適用から一年

群馬中央病院 副院長兼リプロダクションセンター長 伊藤 理廣

1978年に英国でR.G.エドワーズ博士とP.ステプト医師による、世界初の体外受精児が出生(ルイーズ・ブラウンさん)してから45年が経過しました。2020年には日本国内の総出生児数が840,835人いるのに対し、体外受精治療による出生児数は7.2%の60,381人。即ち14.0人に1人は体外受精で出生していることになります。

 体外受精による出生数は増加傾向にありましたが、近年は治療周期数(図1)、出生児数(図2)ともに頭打ちの状態です。尤も、総出生児数が減少しているため、比率としては増加傾向にあります。日本の体外受精の特徴として、採卵した周期には胚移植をせずに一旦凍結して、後日胚を融解し移植するFET周期という方法が圧倒的に多くなっています。

 さて、令和2年9月16日に閣議決定された菅内閣の基本方針の中に、不妊治療について「喫緊の課題である少子化に対処し、誰もが安心できる社会保障制度を構築するため改革に取り組む。そのため、不妊治療への保険適用を実現し、保育サービスの拡充により、待機児童問題を終わらせて、安心して子どもを生み育てられる環境をつくる。さらに、制度の不公平・非効率を是正し、次世代に制度を引き継いでいく。」と明記されました。

 これに従い、令和4年度から不妊治療が保険適用となり「一般不妊治療管理料」と「生殖補助医療管理料」が新設されました。前者は3ヶ月に一回、後者は1ヶ月に一回算定が可能となりましたが、その結果、算定に必要な書類や診察の所要時間が増加しました。

 算定には治療計画を作成し、当該患者及びそのパートナー(当該患者と共に不妊症と診断された者をいう。)に説明の上交付し、文書による同意を得、交付した文書の写し及び同意を得た文書を診療録に添付します。そして、少なくとも6ヶ月に1回以上、当該患者及びそのパートナーに対して治療内容等に係る同意について確認するとともに、必要に応じて治療計画の見直しを行うこと、更に当該患者及びそのパートナーが婚姻関係にあるか、もしくは、治療の結果出生した子について認知を行う意向があることを文書で確認することが求められるようになりました。

 先進医療も12項目が認められ、例えばヒアルロン酸を用いた生理的精子選択術などを、先進医療と言う形で保険と組み合わせて施行することも可能となりました。なお、着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)法や多血小板血漿(PRP)療法は、現在は先進医療に取り入れられていないため、これらを行う場合には体外受精治療がすべて自費になります。

 生殖補助医療に使用する薬物も保険適用が認められるようになりました。ただしHMGの投与開始量には上限があるため、今まで反応不良により高用量で刺激開始していた症例で、適切な治療が受けられない可能性が考えられます。また薬物の供給が不安定になり、十分な薬物が投与できない場合や治療自体が開始できない場合もあります。例えば自己注射用のFSH製剤は体外受精以外の排卵障害の不妊治療にも使うことがありましたが、供給不足により治療が延期になる可能性があります。また、黄体ホルモン製剤も不足していており、不妊治療のみならず一般の婦人科治療や切迫流産の治療でも薬物が不足し、治療に影響が出る場合があります。これらの原因としては、保険治療に伴う薬物使用量の増加や、メーカーの都合による生産の一時的な遅延が考えられます。このような状態ですので、いまだにすべての患者さんに十分な不妊治療が行えていないのが現状です。また、生殖補助医療は年齢の上限が設けられているため、上限を超えた場合は、従来の自費診療を行うことになります。これまでは、県あるいは中核市が体外受精に助成金を支給する制度があり、補助金が適用となる施設には行政が施設を視察し設備の適合性を審査していましたが、今回の改定でこうした制度は新設されず、従来からある県や市の制度も廃止されました。そのため施設の安全性は、それぞれの施設がその責任において担保する必要が生じています。さらに保険診療下では、過去採卵を行った時の凍結胚がある場合には基本的に次の採卵を行うことができません。つまり貯卵―即ち卵をためておくことができないということです。また治療の方法を途中で変更できないこともあると考えられます。

 一方保険適用後も保険診療は行わず、今まで行われていた自由診療で治療を行う方針の施設もあります。自由診療であれば保険に縛られない形で卵の発育やホルモンに合わせて注射の量を調整することや、その施設独自のスケジュールに沿って治療を行うこと、また最新の技術を保険が適用される前から使うことができるというメリットも残されています。ただし自由診療の場合は、保険との混合診療ができないため、医療費が結果的に高額になる場合も多くあります。

 現在では生殖補助医療による出生児は7%を超え、今後ますますその割合が増えることが予想されます。不妊治療における制度のさらなるブラッシュアップをお願いしたいと思います。