アベノミクスの行方
安倍晋三元首相が凶弾に倒れて3か月が経過した。旧統一教会と国葬の問題の対処の仕方で岸田内閣の支持率が不支持率を下回った。
日本政治はこの10年、安倍元首相の路線の是非をめぐる対立軸で動いてきた。菅、岸田両政権でもその構図は引き継がれ、安倍氏が亡くなった今でも続く。外交、安全保障もそうだが、とりわけ経済政策は安倍政権の呪縛が強い。第二次安倍政権で国政選挙を6連勝に導き、政治資産の多くをアベノミクスが稼ぎ出したと言われるからだ。その可否は今後の国民生活の行方を左右すると言ってもいい。
アベノミクスの核心、それは先進国家にとって禁断とされていた錬金術に手を染めたことである。日本銀行は大量の紙幣を刷らせ、国債を買い上げて悪化する借金財政を支えた。お陰で増税や歳出削減という不人気政策は先送りできたが、財政事情は著しく劣化した。一時は政治家や国民の間に醸成されつつあった財政健全化への問題意識を消し去ってしまったことも、極めて深刻だ。
アベノミクスの実行部隊である日銀を指揮してきたのは、安倍政権が指名した黒田総裁だった。9年以上にわたって、異次元緩和を続け、その一環として470兆円超の長期国債を買い上げた。今や日銀の国債保有残高は、黒田日銀以前と比べて8倍以上の約553兆円に膨らみ、政府の国債残高のほぼ半分を占める(2022年6月時点)。これはどう見ても先進諸国が禁じる財政ファイナンスそのものである。安倍氏自身も亡くなる直前まで、全国を回っての講演で「日銀は政府の子会社で、インク代と紙代の20円で1万円札はいくらでも刷れる」と言っていた。それでも日銀は経済のための金融緩和手段だと言い募る。だが巨大な緩和マネーは実は景気浮場にはほとんど役に立っていない。日銀が国債と引き換えに支払った巨額のお金の殆どが、日銀の当座預金口座に退蔵されているからだ。民間企業の投資や家計の消費のための需要が乏しく銀行も有り余るお金を差し出す先がないのだ。
金融機関は預金量に応じて、一定の預金準備額を日銀当座預金または準備預り金として預け入れることが義務付けられている。それ以外に積まれる当座預金は、業界の俗語で「ブタ積み」と呼ばれる経済を回すのに役立たないお金で、国内総生産(GDP)に匹敵する約473兆円(2022年6月時点)。ただ眠っているだけなら無害だ。だが何かのきっかけでインフレや金利の上昇が急速に進んだら、ブタ積みのお金が一転して市場に流れ出し、うまく制御できなければハイパーインフレが起きてしまう。日銀はそうならないように当座預金金利を大幅に引き上げるだろう。もし1%幅で引き上げるなら支払利息は約5兆円増える計算になる。仮に数%の引き上げが必要になれば、10兆円ほどしかない日銀の自己資本があっという間に吹き飛び日銀が債務超過に陥る可能性がある。
いま日本はエネルギー価格、食料品価格の高騰、為替も140円を超えた。円安がどこまで進むのだろうか。日本経済の行方が気になる。
(経営対策部部長 深井尚武)