爪白癬の最新治療について

かわはらまち皮膚科 院長 岸 史子

はじめに

 日本皮膚科学会および日本臨床皮膚科医会の調査では日本人の約10%が爪白癬に罹患していると推計されています。その罹患率は年齢とともに上がるため、高齢化が進めば患者数はさらに増加する事が予想されます。爪白癬が進行すると爪甲の変形や肥厚、彎曲が起こり、結果として生じる歩行時の痛みなどで、高齢者では転倒リスクが上がる事が判明しています。しかしながら、爪白癬は、初期では自覚症状に乏しいため治療しない事も多く、入浴施設や高齢者施設、プールなどで菌が周辺に散布され、新たな感染源となります。爪白癬は感染症であることを私たち医療者がしっかりと認識し、患者に啓蒙するとともに、不適切な治療をやめ、完全治癒を目指す事が必要と考えます。

爪白癬の病型分類

 爪白癬は爪甲内における白癬菌の増殖部位により病型分類がなされており、英国皮膚科学会の分類が一般的に用いられています。白癬菌が爪甲の遠位端あるいは側方から爪床に沿って侵入増殖するものを遠位側縁爪甲下爪真菌症(distal and lateral subungual onychomycosis: DLSO)と呼び、白癬菌は爪甲の下部から増えるため爪甲の色調は白濁しますが爪甲表面は正常です。表在性白色爪真菌症(superficial white onychomycosis: SWO)は爪甲表面から直接白癬菌が感染した状態で、爪甲表面が斑状、帯状、点状に白濁し、粗造となります。近位爪甲下爪真菌症(proximal subungual onychomycosis:PSO)は爪甲の基部から白癬菌が侵入し、爪甲基部の白色病変が特徴です。全異栄養性爪真菌症(total dystrophic onychomycosis: TDO)は爪甲全層に白癬菌が増殖した状態で、爪白癬の末期像と言えます。爪甲は全層性に肥厚、粗造となり、爪甲下の角質増殖も著明です。endonyx onychomycosis(EO)は爪甲全層が白癬菌に侵されますが爪甲の肥厚の無い型です。頻度としてはDLSOが最も多く爪白癬患者の半数以上を占めます。白癬菌の爪甲内における位置を念頭におき、治療にあたる事が肝要です。

爪白癬の治療薬

 2016年に初めて爪白癬に適応のある外用薬が上市されるまでは爪白癬の治療は内服薬しかありませんでした。現在では爪白癬に保険適応のある治療薬として外用薬が2種類、内服薬が3種類あります。外用薬はもっとたくさんあると思われるかも知れませんが、例えばラミシール®外用液の適応はラミシール®クリームと同様に足白癬であり、爪白癬に適応があるものはエフィコナゾール(クレナフィン®爪外用液10%)とルリコナゾール(ルコナック®爪外用液5%)の2種類のみです。内服薬はテルビナフィン、イトラコナゾール、ホスラブコナゾールの3種類があります。『日本皮膚科学会皮膚真菌症診療ガイドライン2019』では内服治療がいずれも推奨度A、外用薬が推奨度Bとなっています。外用薬では1日1回、1年間の外用で約15%が治癒すると報告されています。テルビナフィンは1日1錠(125㎎)、24週間の内服、イトリゾールは1日8カプセル(400㎎)7日間服用後、3週間休薬を3回繰り返す、ホスラブコナゾールは1日1カプセル(100㎎)、12週間の内服で、いずれも1年後に約60%の治癒率とされています。そのほか外科的抜爪術、保険適応外のレーザー治療などがあります。

 皮膚科医へのインターネットアンケート調査では、爪白癬の治療として外用薬が60%、内服薬が36%で選択されています。実臨床の現場では内服薬投与時には肝機能障害の有無や併用薬を確認する必要があり、爪白癬が高齢者に多い事や、爪白癬の治療は主に開業医が担っており、説明や他の内服薬の確認に取れる時間が限られている現実からも、外用薬を選択する事が多くなると推察されます。本邦のガイドラインにおいても肝機能障害で内服が困難な患者および中等症以下で内服を希望しない患者については外用療法を行うことが推奨されていますが、外用薬の治癒率は低く、治療は平均2年、総費用は一人当たり5万7千円、最大で27万円を超える例もあったと報告されています。外用薬は爪甲表面に塗布し薬剤が白癬菌に到達する必要がありますが、本邦で最も多いDLSOでは白癬菌は爪甲表面には存在せず、爪床に近い部分に増殖しており、効果が得られにくい事が予想されます。またTDOなど白癬菌自体のボリュームがあると効果が出にくいとされており、治癒を目指すためには菌量を減らすために爪切りや白濁部分をグラインダーで削切するなどのデブリドマンを加える必要があります。外用治療開始後3か月から半年程度で効果が見られない場合には内服治療に切り替える事も検討した方が良いでしょう。特に足の爪においては2日で0.1mmほどしか伸びないため、治療による変化が乏しく患者が通院を自己中断してしまう事も多くみられます。高齢者の場合には受診の際に爪切りを行う事で通院のモチベーションが上がり、治療継続率が上がることも報告されています。

内服治療の場合は治癒率も高く、短期間で済む事から通院継続率も高いとされています。特に2018年に承認されたホスラブコナゾールは薬物相互作用も少なく、外用薬による治療が奏功せず切り替えた場合でも有効率は90%近く、48週後の治癒率は60%以上とされています。ホスラブコナゾール開始後は6~8週で一度肝機能検査を行うようにしましょう。

爪白癬の治療の問題点 爪白癬を難治にしている一番の原因は、正しい診断がなされていないという事かと思います。私たち皮膚科医は普段から視診による診断を主に行っていますが、爪白癬と爪甲鉤彎症を視診で診断できる皮膚科医はおそらくいないでしょう。近年ではOTC薬の乱用などで、テルビナフィン耐性の白癬菌が南アジアを中心に増えており、本邦でもちらほら報告されてきています。臨床的に爪白癬を疑った場合は必ず直接鏡検で真菌が陽性である事を確認し、無用な投薬を行わず耐性菌の発生を防ぐ事で、爪白癬の治癒率も上がると考えます。