ロシア・ウクライナ戦争以降、ここ数年で世界情勢は大きく変化しています。 国内では、光熱費、人件費、材料費など、さまざまな物価が上昇しています。例えば、安価で知られるマクドナルドのハンバーガーでさえ、2022年3月には110円だった価格が130円に値上げされ、その後も計4回の値上げを経て、2025年3月には190円となり、約73%もの価格上昇が見られます。 吉野家では、2021年10月に380円(持ち帰り価格)だった牛丼並盛が419円に値上げされ、その後も4回の値上げを経て、2024年7月には489円となり、約29%の価格上昇が起きています。 また、ガソリン価格も大幅に上昇しており、レギュラー実売価格は2020年11月の128円から2025年3月の185円へ値上がりし、約45%上昇しています。

 その他の多くの商品でも複数回の値上げが行われており、感覚的には1~5割、場合によってはお米のように2倍近く価格が上昇しているものもあります。

 では、医療に関わる診療報酬の改定はどうでしょうか? 2020年4月の改定では、診療報酬がプラス0.55%、薬価材料費がマイナス1.01%、合計でマイナス0.46%。 2022年4月の改定では、診療報酬本体がプラス0.43%、薬価材料費がマイナス1.37%、合計マイナス0.94%。 2024年6月の改定では、診療報酬がプラス0.88%、薬価材料費がマイナス1.00%、合計マイナス0.12%。 これら3回の改定の合計はマイナス1.52%であり、一般社会における物価上昇との乖離が明らかです。

 このような状況の中で医療従事者の賃金上昇や待遇改善を求めるのは困難で、「乾いた雑巾は絞れない」「無い袖は振れない」という表現が適しています。

 実際、各種物価上昇による経費増大は、医療機関の利益減少を確実にもたらしています。2024年改定後、医業赤字経営の病院は69%、経常赤字の病院は61.2%にも達しています。つまり、約6割以上の病院が赤字であるこの状況下で、現在の診療報酬改定が適切と言えるのでしょうか。この点については、子どもでも理解できる明らかな問題だと思われます。

 国の財政状況が厳しいのは重々承知しています。しかし、現在の医療費の増加は、高齢者の増加による自然増の部分が大きいです。それにもかかわらず、自然増に見合った診療報酬を上げないという方針は、医療の先細りを意味します。

 福祉、介護、保育業界も同様に、困窮する状況が続いています。日本は形のないサービスにお金を出し渋る傾向があり、これらの業界では優秀な人材が集まりにくくなっています。

 世界の保険制度を見ると、イギリスではNHSという制度のもと、かかりつけ医を経由して専門医を受診する仕組みのため、専門医の治療を受けるまでに数か月以上待つことも珍しくありません。 アメリカでは、公的保険制度が脆弱で、民間保険に加入していなければ高額な医療費がかかります。たとえ加入していても、契約内容によって治療費や内容に多くの制約があり、多額の医療費が発生します。事実、アメリカでの自己破産原因の上位には医療費が挙げられています。

 その点、日本の皆保険制度は、いざ病気になった際に安心できる稀有な制度です。フリーアクセスで適切な価格で標準的な医療を受けられるこの制度は、日本ならではの特色です。

 しかし、欧米を引き合いに出す際、都合の良い点だけを参考にし、不都合な点は見過ごされがちです。最近の保険情勢を鑑みると、若手医師の中には保険診療に見切りをつけ、自由診療の世界へ向かう人も増加していると聞きます。

 保険診療は完全な資本主義の原則に則っていません。そのため、政府や厚生労働省の方針に大きく左右されます。 今後、日本の保険制度を維持するためには、現行の診療報酬では難しく、物価上昇に対応する形で診療報酬を大幅に増額する必要があります。

 医療費負担割合の調整や財源の確保など、多くの課題が山積ですが、解決すべき立場にある政府が現状では十分に対応しているとは言えず、医療界の未来は暗いと言わざるを得ません。

  (地域対策部長 亀山正)