かかりつけ医とは何か
国会では昨年から「かかりつけ医」を認定制・登録制にしようとする議論が行われていたが、先月16日に岸田首相はこの認定制・登録制を見送った。
「かかりつけ医」という言葉は、1992年に当時の日本医師会長であった村瀬敏郎先生が使い始めたことで広まったと考えられている。それ以前では、1956年に「家庭医」を専門医制の一つにすべきという提言が出され、1985年には、当時の厚生省に「家庭医に関する懇談会」が設けられ報告書がまとめられている。しかし当時の日本では受け入れられず、家庭医という言葉が盛んに使われるようになったのはもっと後になってからだ。2017年には「新専門医制度」が開始され、その後は総合診療専門医が各地で誕生し、現在は総合診療、プライマリ・ケア、家庭医などの言葉とともに「かかりつけ医」という曖昧な言葉を制度化しようと進めている状況となっている。
厚労省は、かかりつけ医について「上手な医療のかかり方.jp」(https://kakarikata.mhlw.go.jp/kakaritsuke/motou.html)というサイトで国民に啓蒙活動を行っている。このサイトでは「かかりつけ医とは何なのか」「かかりつけ医をもつメリット」「かかりつけ医をもつと安心」「かかりつけ医の機能」について説明している。どの項目ももっともらしいことが記されているが、改めて国民に啓発する必要が果たしてあるのだろうかと考えると甚だ疑問である。ここに記されているようなことは、今まで開業医が当たり前にしてきたことなのではないか。そこに通院し、関わっている方はそれを肌で感じていることだろう。
中には大きな病院をかかりつけ医とするような患者さんや、健康(健康と思っている人も)であることで医療機関とのつながりが薄い人たちももちろんいるだろう。しかし、そのような人たちにもかかりつけ医を勧める活動にはあまり賛同できない。医療や介護という分野は必要となったら考えるものであるべきで、「病気になった時に頼れる存在」とは、かかりつけ医というよりは医療者全般がそうあるべきではないだろうか。私たちが病に苦しむ人たちに対して慈悲の心を持って向き合うこと。それが大事なことだと思うのは私だけだろうか。通院している医療機関で一番信頼できると思われる医師でありたいと日々診療していることを、法律の名のもとに制度化してほしくないと感じる。
批判ばかりしていても仕方がないので、かかりつけ医の役割にはどのようなものがあるのか考えたい。かかりつけ医には医療的機能と社会的機能の2つの側面がある。医療的側面については、自己の専門性に基づき専門医療について迅速かつ的確に高次医療機関への紹介など適切な対応を行えること。また、患者の背景などを熟知し価値観に沿った医療を提供できること。一方、社会的側面については、日常診療に加え、母子保健、がん検診、介護保険、学校医活動など様々な活動が期待される。どこまで対応できるかはかかりつけ医としての醍醐味だろう。ただ、この2つの役割については現在開業されている先生方のほとんどがすでに実践されていることと思う。
専門分化が進むのは良いことだと思う。しかし、高齢者の中には開業医を複数受診されている方も多いだろう。内科、整形外科、皮膚科、耳鼻咽喉科、眼科を受診していて誰がかかりつけ医になるか。すべての専門医がかかりつけ医になれば最高だが、やはりより横断的に、俯瞰的に患者さんの背景をとらえられる内科系の開業医がかかりつけ医の第一候補になるのではないか。
かかりつけ医機能の議論は今後も継続されていくだろうが、目の前の患者さんに対してこれからも真摯に向き合う姿勢を私は継続していきたい。
●かかりつけ医について議論されている書籍は以下の通りです。もし興味があればご一読をお勧めします。
・『医学の本道―プライマリ・ケア』永井友二郎(青山ライフ出版)
・『日本の医療 制度と政策』島崎謙治(東京大学出版会)
・『医療政策集中講義 医療を動かす戦略と実践』東京大学公共政策大学院医療政策教育・研究ユニット(医学書院)
(研究部・医科 金子 稔)