学生だった頃に「海外の中絶は日本と違って手術ではなくて薬剤で行っている」と聞いて驚いた記憶がある。あれから約20年、2023年4月に国内で初となる経口中絶薬の『メフィーゴパック』が承認された。メフィーゴパックには2種類の薬剤が入っていて、妊娠9週までが適応となっている。使用法はまず①『ミフェプリストン』を内服することで妊娠継続に必要な黄体ホルモンの働きを抑える。その36~48時間後に②『ミソプロストール』を歯茎と頬の間に挟み込み(バッカル投与)子宮の収縮を引き起こして胎嚢を排出する。従来の吸引法または掻爬法での中絶と比べて、麻酔や子宮穿孔のリスクを回避できる点がメリットとなる。
ミフェプリストンは1988年にフランスで中絶薬として承認されて以来、海外では広く普及していった。欧米諸国の人工中絶における「中絶薬」の使用割合は、フィンランド・スウェーデンでは95%以上であり、日本とは真逆で中絶手術の方がわずかなようだ。イギリスでは9割、フランスで7割、アメリカで5割、ドイツで3割となっている。こうした中で日本は大きく遅れて経口中絶薬がスタートした。国内では年間約12万件の中絶が行われているが、承認後半年間での使用は約700であった。さらに1年が経過して徐々に増えてはいるが、取り扱っている病院は200程度と未だ少なくアクセスのハードルは高い。
国内では新規の薬剤であるため導入に慎重となっている点もあるが、2番目の薬剤であるミソプロストールの投与後は胎嚢排出まで入院管理が必須となっている点も導入の障壁となっている。ミソプロストールが投与されてから4時間以内に6割、8時間以内では9割が胎嚢排出に至っている。しかし、24時間以上経過しても胎嚢が排出されず従来の手術法が必要となる例もある。
厚生労働省は入院管理必須の条件を緩和して、無床診療所でも使用を認める方針を示した。しかし、日本産婦人科医会がこれに待ったをかけた。7県では使用実績がなく、国民に十分理解されているとは言えないとした。また、無床診療所で対応できなければ有床診療所で対応することになるが、その連携のために各地域で体制を作っていく必要があり、時期尚早であるとして異例の差し戻しとなった。
また、胎嚢周囲の脱落膜は排出に時間がかかるため出血が3週間程度と長引きやすい点も理解が必要である。一方で帝王切開の既往や子宮奇形・子宮筋腫の合併があっても使用でき、授乳中も投薬可能で年齢制限もなく対象の範囲は広い。
昨年の承認直後はメディアでも大きく取り上げられたが、その後は耳にする機会も減った。手術や麻酔を避けたいと考える人は多く、経口中絶薬の潜在的なニーズは決して低くないはずだが十分に周知さていないという課題がある。学校での性教育においても今後は取り上げていくことが望ましい。
中絶は女性の心身に大きな負担を強いる。だからこそ、せめてニーズに応じた選択肢は用意されるべきである。
(環境平和部長 白石知己)