我が国において乳がんは1980年代以降、増加傾向が持続し近年では女性の部位別悪性新生物罹患率では第1位が続いている。また乳がんは特に欧米において罹患率、死亡率の高い悪性腫瘍として重要な位置を占めているため、乳がんの検査・治療の開発に関する研究が各国で活発に進められていて、多くの新しい検査や治療法が実地臨床にも導入されている。これに伴い乳がん患者の予後は改善傾向にある。しかし乳がんの治療では多くの専門的な新規治療・検査が必要になり、がん治療の専門性は極めて高度になっている。このために乳がんの標準的治療を実施できる医療施設の数は全国的にも限られてきている。
その一方で乳がんの治療は手術、放射線、抗がん剤などの比較的短期間で終了する治療の他に、5年から10年の治療期間を要する内分泌療法がある。内分泌療法はおよそ半数以上の患者に必要となる。この間は内服薬の処方や副作用のチェックが必要なので、長期間の通院が必要である。また乳がんには術後10年以降に再発する晩期再発の可能性や対側乳房に乳がんを発症するリスクがあり、長期の経過観察が必要とされる。こうした状況下で、乳がんの術後治療および経過観察目的で病院に通院する累積患者数は急激に増加し、乳がん専門病院では安全で適切な医療を提供することが困難になっている。また治療を受ける患者は、長期に及ぶ遠方からの通院が必要になり、長時間の診察待ちなどの問題が生じている。これらの問題を解決するために、厚生労働省の策定したがん対策推進基本法の中で、医療連携による乳がん治療が導入された。これは乳がん専門病院と地域のかかりつけ医が協力して、乳がんの治療を継続する仕組みである。
医療連携による乳がん治療では手術、放射線、抗がん剤などの乳がん専門病院における治療を終えた患者に対して、その後の長期間の内分泌療法や経過観察を近所のかかりつけ医が引き継ぐ。
この方法で乳がん専門病院では外来診療の負担が軽減され、早期に治療を要する、より重症な症例に対して迅速で的確な対処が可能になる。また治療をうける患者にとっても長距離の通院や長時間の診察待ちなどが減少し、負担が軽くなる。結果として医療の質や安全性の向上も期待できる。また重要なことは、かかりつけ医に治療を引き継いでも、副作用や再発の疑いがあるときは、いつでも乳がん専門病院に受診できることである。また特に異常が無くても、原則として1年に1回以上は定期的に乳がん専門病院でチェックをする決まりがあり、乳がん専門病院との関係も維持されることである。医療機関におけるメリットは医療連携に算定できる保険点数が、乳がん専門病院、かかりつけ医ともに決められていることである。一定の条件を満たした場合に乳がん専門病院ではがん治療連携計画策定料1(750点)が、かかりつけ医ではがん治療連携指導料(300点)が算定できる。
医療連携を用いた乳がん治療は、医療者側と患者側の負担を軽減して、より質の高い医療を安全に実施するうえで有用な方法と考えられる。だが現状では医療連携による乳がん診療はまだ限られた地域や施設でしか普及していない。乳がんの医療連携をいかにして普及させていくかは今後の重要な課題である。
(研究部長・医科 竹尾健)