いま我が国では、需給バランスの崩れから国民生活に大きな影響を及ぼしているものがある。一つは主食である米、そして薬。医療現場ではもう一つ、医療人材の不足が挙げられる。
政府は長らく、米の減反政策を続けてきた。実際、これまで米の生産量を減らすことに莫大な予算を投じてきた。1993年、天候不順で国産米の生産量が激減し、不足分をタイ米等の輸入米で補填したこともあったが、そうした不測の事態を経験しながらも、その後の食の危機管理に活かされていない。そして今回の米不足と米価高騰という事態を招いてしまった。無策ゆえの、起こるべくして起こった当然の結果といえる。
食料・農業・農村基本法(平成11年法律第106号)には【食料の安定供給の確保】の条項の中で、「国民が最低限度必要とする食料は、凶作、輸入の途絶等の不測の要因により国内における需給が相当の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合においても、国民生活の安定及び国民経済の円滑な運営に著しい支障を生じないよう、供給の確保が図られなければならない。」と明記されている。明らかに現状との乖離がある。
平成11年は西暦1999年で、先の米不足から6年後である。危機から6年後の法整備というのも遅すぎるが、明記されている内容が法の制定から四半世紀経った現在でも全く活かされていないことに呆れる。そもそも主食たる食料は、食料安全保障の観点からも自国で十分な量を生産すべきであり、安全率を見込み、さらなる余裕を持って生産すべきではないか。米は、余った分が廃棄されるわけではない。余れば、海外でも需要のある国産米は輸出品として無駄にはならず、しかも海外での知名度を上げることにも貢献できる。そして米作に活用される田畑は生態系の環境保全にも役立つ。
次に、国民の健康に不可欠な薬の不足。ここのところ、診療報酬改定のたびに薬価の切り下げが続いている。昨年9月、岡山県保険医協会が会員に行ったアンケートでは、約9割の医療機関が「入手困難な医薬品がある」と回答、その後もこの状態は続き、医薬品不足の状況は一向に改善されていない。
この状況を招いた短期的要因としては、2019年から蔓延したコロナ禍で必要な医薬品が品薄になったことと、ジェネリック医薬品メーカーの品質不正問題が挙げられる。前者は、感染拡大に関しては一定の落ち着きを見せている現在、要因としての比重は小さくなっている。後者は、2020年に発覚したジェネリック医薬品メーカーの品質不正問題に端を発している。しかし元はと言えば、ジェネリック医薬品メーカーが薬品を安定供給できる体制を確立できないまま、後発品促進策を強行した政府の責任である。
一方で長期的要因としては、物価高騰と政府による医療費抑制策が挙げられよう。前者は、世界的インフレと昨今の円安の影響で、医薬品の原材料価格が高騰し、医薬品メーカーの収益を圧迫している。製薬メーカーは採算の取れない医薬品を作ろうとはしない。そして最も根本的な要因は、後者の政府による医療費抑制策である。急速に進む高齢化とそれに伴う医薬品の供給増、そして新薬の保険導入等で医療費の増加傾向は今後も続くことが予想されるが、財務省をはじめ政府は、これを強引に抑制しようと躍起になっている。その一環として、先にも触れたように改定のたびに薬価が切り下げられているが、それもすでに限界に達している。
そしてこの医療費抑制策の影響を受け、医療人材の確保が難しくなっている。昨年度行われた診療報酬改定では、他分野に比べ賃上げが低調な医療分野での賃上げを促進すべく「ベースアップ評価料」が導入された。申請の手続きが煩雑で苦労したことは記憶に新しい。その煩雑さに比べ、診療報酬としての上積み額はベースアップ評価料1で2点という微々たるものである。ちなみに、厚生労働省が昨年8月に発表した2024年民間主要企業の平均賃上げ額は1万7415円、賃上げ率は5.33%であった。自由主義経済の下、一般企業であれば、原価や人件費といった必要経費の上昇は価格転嫁で補填できるが、保険診療の診療報酬は公定価格のためこの補填はできない。そのための「ベースアップ評価料」の措置だが、この額が今後、持続的な医療スタッフの待遇改善の原資になるとは到底考えられない。人材不足は、即、医療の質の低下につながりかねない。
さて朝三暮四と揶揄される、改定のたびに煩雑さばかりが要求される診療報酬改定。そろそろ、改定のあり方そのものを抜本的に見直すべきではないだろうか。かつてより群馬県保険医協会は保団連に対し、診療報酬改定における1点単価引き上げの運動を行うよう訴え続けてきた歴史がある。私が群馬県保険医協会の会長を務めていた時、全国会長会議で再度この引き上げ要求を提案したが、残念ながら保団連はこれまで全く消極的である。
1点単価引き上げとは、平たくいえば診療報酬の物価スライド制である。物価に見合った診療報酬の体制づくりとして、そして朝三暮四のような、現場に混乱ばかりをもたらす診療報酬改定のあり方に対し、再度検討してほしいものである。
昨今、働き方改革が多くの職場で導入されつつある。労働者の立場からすれば結構なことであり、さらに推進すべきであろう。しかし医療の場では、対象が住民の健康や生命に関わることだけに、それを額面通りには徹底できない事情もある。忸怩たる思いだが、解決には少なからぬ時間が必要と思われる。「医は仁術」とは、医療に携わる者の心得として、いにしえより語り継がれてきた教訓である。言うまでもなく、これは医療に携わる者の患者に対する心構えを指しているが、現在の医療は供給側も医師一人ではとても対応できない。チームとして機能して、初めて医療体制として貢献できる。そして、この体制を守ることも医療機関の経営者としての責務である。つまり、医療スタッフの生活を守ること、これも大事な「仁術」である。
食料の確保、医療や教育の充実等 、SDGsとして必要だが 一方で採算が取れにくいものについては、国が政策として積極的に先行投資すべきではないだろうか。
(地域対策部 清水信雄)