昨年12月よりPEEK冠(大臼歯用CAD/CAM冠〈V〉)が保険収載され保険診療でもメタルフリー(単冠に限られる)が実現した。若干の装着経験からその感想を述べると、天然歯の色とは程遠く、光透過性がまったく無いオペーク材のような乳白色である。PEEK材の元々の色は薄い灰色であるが、歯科用に酸化チタンを混ぜることでこの色になっている。大臼歯限定だから許されるレベルではあり、 口腔内で黒く抜けたように見える金属色(銀色)に比べれば遥かに「まし」である。咬合調整時に削合した感じはハイブリッドレジンに比べ、細かい削りカスが出ず、何かヌルっと少し滑るような削り心地である。研磨はシリコンポイントで細かい傷を除去した後、ポリッシングブラシやパフ等に艶出し用研磨剤を用いれば問題のない仕上がりとなるが、ハイブリッドレジンに比べ細かな傷をとるのに時間を要す。

 汎用プラスチックに比べて、すぐれた力学的性質と耐熱、耐久性を持ち、機械部品や住宅用材などある程度の強度維持が必要な部分に使用されるプラスチックを「エンジニアリングプラスチック」と言う。さらに機械特性や耐熱性を高めたものを「スーパーエンジニアリングプラスチック」と呼び、PEEK(Poly Ether Ether Ketone)はそれに分類される。PEEKは1970年代に英国のICI(Imperial Chemical Industries)がその合成に成功し、耐熱性(オートクレーブ滅菌可能)、強度、耐薬品性、寸法安定性、耐摩耗性、難燃性、電気絶縁性などの特性を有すことから金属の代替となり、軽量化も可能なため、 航空宇宙産業、自動車産業、電子機器など多分野で利用されてきている。また、優れた生体適合性を有し、 医療分野においても人工関節、外傷治療用プレート、脊椎ロッド、カテーテルなど整形外科分野で使用実績がある材料である。なお、私の使用しているインプラントシステムのサージカルステント用のスリーブも以前よりPEEK製である。

 PEEK冠の算定要件だが、大臼歯の単冠症例で両側上下顎の大臼歯。第二大臼歯が欠損して事実上の最後方大臼歯になった第一大臼歯も適用である。要するに無条件に智歯にも装着できるのである。

 厚生労働省によれば、「ア.ポリエーテルエーテルケトンに無機質フィラーを質量分率17~25%配合し、成型して作製したレジンブロックであること。イ.ビッカース硬さが25HV0.2以上であること。ウ.37℃の水中に7日間浸漬後の3点曲げ強さ180㎫以上であること。エ.37℃の水中に7日間浸漬後の曲げ弾性率が5㎬以下であること。オ.37℃の水中に7日間浸漬後の吸水量が10㎍/㎣以下であること」の以上を機能区分の定義としている。大臼歯用CAD/CAM冠(Ⅲ)の機能区分の定義はビッカース硬さが75HV0.2以上、弾性率は記載がなかったため、(株)クラレのカタナ®アベンシア®Pブロック(大臼歯用)が同条件での弾性率を18㎬であると公表していたのでこちらを示す。弾性率はその数値が高いほど剛性が高くたわみにくい材料と言える。PEEK冠は大臼歯用CAD/CAM冠(Ⅲ)と比較してビッカース硬さが低く、弾性率も低いのでたわみやすい性質を有していることになる。ちなみにエナメル質はビッカース硬さ277〜366HV、弾性係数40〜90㎬、象牙質はビッカース硬さ35〜68HV、弾性係数6〜26㎬、ジルコニア冠はビッカース硬さ1200HV以上、弾性係数は200〜250㎬といわれている。

 支台歯形成の削除量は従来のCAD/CAM冠(Ⅰ〜Ⅳ)よりも0.5㎜ほど減らせる。薄ければ薄いほどたわみは増すはずだから、強い力がかかったとしても強くたわませることにより破断し難くなることが最後方臼歯でも装着できることになった大きな要因だろう。弾性率やビッカース硬さは象牙質に比較的近似しており、対合歯や支台歯にも優しそうであると言えなくもない。懸念されるのはPEEK冠自体の脱離であろう。装着材料は当然接着性のセメントを使う必要がある。PEEK冠内面には、サンドブラスト処理の後、広島大学の木村ら(2022)によれば、MMA含有のプライマー(PZプライマー、CAD/CAM冠用アドヒーシブ等)を塗布する必要があるとされているので、接着性セメントはスーパーボンド(サンメディカル)、あるいはビューティフルリンクSA(松風)などがよさそうである。また、PEEK冠表面にチューインガムが付着しやすいので、チューインガムを食べる習慣があるかどうかを患者に聞く必要があり、もし患者がチューインガムをよく食べるようならPEEKによる治療は避けるべきなのかもしれない。

 その作業プロセス(印象から完成まで)は従来のCAD/CAM冠と変わっていない。そもそもCAD/CAM冠の定義は、『保険診療におけるCAD/CAM冠の診療指針2020』(公益社団法人日本補綴歯科学会 医療問題検討委員会)によれば、「CAD/CAM冠は、歯科用CAD/CAMシステムを用いてCAD/CAM冠の設計を行った後、製造機械と連結して、CAD/CAM冠(ハイブリッド型コンポジットレジンブロック)の加工・製作を行った補綴装置を指し、保険診療においてはCAD/CAM冠用材料との互換性が制限されない歯科用CAD/CAM装置を用いて、作業用模型で間接法により製作された歯冠補綴装置をいう」となっている。なんだか回りくどいが、要するにコンピュータで設計し、ミリングマシーンなどでブロックを削り出し作成される冠である。そこまでデジタル化しているのに光学印象が保険収載していないばかりにアナログ印象した作業模型(アナログ)をスキャニングして作成するというCAD/CAM冠とは名ばかりなチグハグな工程となっている。今回の改定で医療DX推進体制整備加算の新設があるようなので、光学印象も追加されることを期待する。さて、どうなるのだろうか。

(研究部 狩野 証夫)