日本の生殖医療の現状と問題点②
一般不妊治療の重要性
医療法人愛弘会 横田マタニティーホスピタル理事長 横田 佳昌
7月号では「日本の生殖医療の現状と問題点」について述べさせて頂きましたが、本号では「一般不妊治療の重要性」について当院のデータをもとに述べさせて頂きます。
当院では年間400名前後の患者さんが不妊治療により妊娠していますが、その60~70%は一般不妊治療で妊娠しており、生殖補助医療(ART)での妊娠は30~40%です。日本で不妊治療を専門に行っているクリニックや病院は600施設程度ありますが、当院と逆で一般不妊治療よりもARTで妊娠される患者さんの方が圧倒的に多いのが現状です。前号でも述べましたが、日本は中国に次いで世界で2番目にARTの治療周期の多い国です。言いかえれば、一般不妊治療をあまり行わず、すぐにARTへステップアップしてしまう施設が多いということです。
私は以前よりこの傾向に懸念を抱いており、一般不妊治療の重要性を主張する論文を学会誌に投稿し、2018年には『あなたは体外受精でなくても、妊娠できるのでは?』(文芸社)という本を出版致しました。
前医で体外受精を12回実施しても妊娠しなかった患者さんがいました。卵管造影検査も精液検査も正常でしたので、当院では人工授精(IUI)から開始すると4回目で妊娠し出産され、さらに2人目も人工授精2回目で妊娠し出産されました。恐らく前医では数百万円の治療費がかかった事と思いますが、当院では10万円程度で2人の子供を出産することができ、患者さんは「とても信じられない。今までの治療は何だったのだろうか?」と云いながら喜びの涙を流しておりました。
では当院で行っている一般不妊治療について述べさせて頂きます。一般不妊治療には(A)タイミング指導、(B)排卵誘発剤による治療、(C)人工授精があります。
(A)タイミング指導
不妊の諸検査でARTの適応ではないと判断した患者さんには、タイミング指導から始めます。タイミング指導とは、排卵日を予測して夫婦生活を行う最適日を指示し、卵子と精子がタイミング良く出会えるようにすることです。卵子は排卵してから6~12時間、精子は射精してから1~3日間受精能があると云われています。排卵日の予測は①患者さん自身の月経周期を参考にする、②排卵期に増えてくる頚管粘液の量と質(牽糸性)を調べる、③経膣超音波検査で卵胞径(20mm前後が目安)を測定、④尿中黄体化ホルモン(LH)の検出等で総合的に判断し排卵日を予測します。また卵胞径が20mm前後になった時点でヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)を注射して翌日にタイミングをとる方法や人工授精を行う方法もあります。
(B)排卵誘発剤による治療
排卵誘発剤には経口剤としてシクロフェニル(セキソビット)とクロミフェンクエン酸塩(クロミッド)があります。注射剤としては、閉経後婦人尿由来のhMG製剤と遺伝子組換えヒト卵胞刺激ホルモン(r-FSH)製剤(ゴナールエフ)があります。月経周期40日以内の患者さんには月経周期4日目より、1日にセキソビット6錠を5日間、またはクロミッド半錠を5日間投与し3周期タイミング指導を行います。妊娠しなかった場合はセキソビットを5日間服用後、hMG75単位を連日または隔日に2~3回注射、あるいはクロミッド半錠を5日間服用後、hMG75単位を連日または隔日に2~3回注射し排卵を誘発します。このhMG注射の「さじ加減」で妊娠率は上がります。hMG療法の長所としては①タイミング指導や人工授精のタイミングを合わせやすくなる、②頚管粘液の量が増加し質も向上することで精子が子宮内に進入しやすくなる、③黄体機能が良くなる、④卵子の成熟を助ける、⑤子宮内膜の着床環境が良くなる等がありますが、短所としては①多胎妊娠を起こしやすい、②卵巣過剰刺激症候群(OHSS)になりやすいといったリスクがあるので細心の注意が必要です。しかし、当院のhMG使用時の多胎妊娠率は3~4%とそれ程高くありません。その理由としては、hMG投与開始時が月経周期9~10日目頃のため、主席卵胞(排卵予定の卵胞)が決まってくる時期であることから上記のhMG投与量では多胎はそれほど多くなりません。また排卵しそうな卵胞が3個以上認められた場合はその周期の治療を中止します。月経周期が40日を超える多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の患者さんには、クロミッド1錠を5日間投与することから開始し、排卵しない場合は2錠に増量します。それでも排卵しないか排卵しても妊娠しない場合は、クロミッドを服用後r-FSH(ゴナールエフ)で排卵を誘発します。ペン型のゴナールエフは自己注射できるので、最初は50~75単位を7日間注射し、それでも卵胞発育が認められない場合は1.5倍に増量し反応をみます。当院ではこの方法でPCOSの患者さんの60%以上が妊娠しています。
(C)人工授精
①乏精子症、②フーナーテスト不良、③頚管粘液が少ない、④性交不能(インポテンツ)、⑤原因不明不妊、⑥患者さんが人工授精を希望した場合等が適応となります。前述した排卵誘発法との組み合わせにより人工授精の妊娠率は高まります。当院での人工授精の回数は5~6回を目安にしています。その理由としては人工授精で妊娠される患者さんの95%前後は6回以内に妊娠しているからです。
私が一般不妊治療を最も推奨している点は、ARTと比べ費用対効果が高いことと、当院のデータでは1年間という短い期間で見ると、ARTより一般不妊治療の方が早く妊娠できることです(図)。私は一般不妊治療こそ不妊治療の原点でありその重要性を軽視してはならないと思います。しかし一般不妊治療は漫然と長期間続けるべきではなく必要に応じてARTへステップアップしなければなりません。
次回9月号は「生殖補助医療(ART)の進歩と問題点」について述べさせて頂きます。
図 治療法別 初診から妊娠成立までの治療期間と累積比率