withコロナの中での葛藤と健康づくり

利根歯科診療所 所長 中澤 桂一郎

NHKの「ひきこもり先生2」で、中学校の修学旅行の是非をめぐり話し合う場面がある。学校と教育委員会が中止を主張する一方で、主人公のひきこもり先生と生徒たちは抵抗するが、最後は大人たちの意見が優先されてしまう。学校側は生徒のために安全を重要視するが、生徒たちはもっと学びたい、遊びたい、自由に生きたいという思いとの葛藤がある。

 これは医療の現場でも同じだ。経済活動の制限が次々と解除される中で、新型コロナウイルス感染症の第8波が押し寄せ医療現場は逼迫しており、世間と医療者との思いに乖離がある。Facebookでも在宅医療のフロントランナーである医師が医療崩壊の実情を訴えたことに対して、批判を受ける場面を見ると心が痛む。私も歯科医療者として、この3年間自粛を強いられながら現場を守り抜いてきた。新型コロナウイルス感染症は社会を分断するものである。

 「お父さんの1年と私の1年は違うの」と、成人式を迎えた長女の一言が胸に突き刺さる。高校生の時に新型コロナウイルス感染症が始まり、制限続きの中での受験。大学に入ってもリアルな講義はほとんどなくリモートばかり。成人式を友人と祝いたくても制限がある。そんな若者の痛烈な言葉であった。若者には青春を謳歌してもらいたい、恋人とも語り合ってもらいたい。親として医療者として、それぞれの思いとの葛藤があった。新型コロナウイルス感染症による肺炎や、持病の悪化で亡くなる人も増えている。しかし最も大きな影響は、マスク生活が長引く中で大切な人とのつながりを断ち、笑顔を奪ったことではないだろうか。Withコロナと言われているがどう向き合っていけばよいのか。

 「マスク着用で乳幼児の言語発達障害患者が364%急増」言語療法士が警鐘を鳴らす……という記事が2022年2月にあった。「赤ちゃんは、生後8ヶ月位から親の唇を読むことで言葉を学び始めるため、両親や保護者がマスクで顔を覆ってしまうと、正常な発達が阻害される」という。私の恩師である元東北大学歯学部予防歯科助教授の岩倉政城先生は「乳幼児は人の表情を特に目と口から読み取っており、言葉が活発になる1歳前から大人の口をじっと見るようになる。乳幼児の早い時期から、マスクに隠されて人の表情を読み取る機会が無くなっては大変、子どもは風の子自然の子、空気が拡散しウイルスの心配のない青空の下で、マスクを外し思い切り遊ばせ語りかけよう」と呼びかけている。中には、他人に表情を悟られないようにマスクをしている方が楽と答える子どもも出てきているが、人が「ヒト」として成長し社会を作っていくためには、お互いの表情を見て感じ交流することが最も大切である。

 多くの子どもがマスクの着用によって口呼吸となり、心身に「マスクシンドローム」とも言うべきさまざまな症状をもたらしているといわれている。口呼吸をしていると、体を守る仕組みである本来の機能が使えなくなり、体にストレスがかかる。免疫力を高めるうえでも食事、睡眠とともに1日に2万回行われる呼吸―特に鼻呼吸は大切である。

 福岡のみらいクリニック院長の今井一彰先生は「はじめよう上流医療 あいうべ体操で元気な体」を提唱し、呼吸の重要性と、いつでもどこでもできる「あいうべ体操」を20年以上も前から提唱してきた。私自身も9年前からあいうべ体操を行い、口呼吸から鼻呼吸への転換と健康な体づくりを心がけている。私の属する日本医療福祉生活協同組合連合会では「地域まるごと健康づくり」を提唱し、あいうべ体操を広めてきた。全国各地の医療生協の組合員さんが重要性を知り実践している。

 群馬県の中でも活発な組合員さんが楽しいオーラルフレイル予防の活動をしている。とかく医療者は「~しましょう」「こうあるべき」といろいろな体操を勧めるが、医療や介護、リハビリの現場では行えても、生活の場で実践するのはなかなか難しいことがよくある。あいうべ体操もやらないといけないと思うと長続きしない。食事の時に「いただきます」の前にあいうべ体操をしてはどうでしょう。習慣化するとやらずにはいられない、家族や友人とともに行うと楽しいひとときも過ごせる。コロナ禍ではあるが、一定の距離を保ち多くの人が集まる場で、オーラルフレイル予防の活動を進めていきたいものである。

 また、私は昔懐かしの「吹き戻し」を楽しいオーラルフレイル予防に取り入れている。これも呼吸を重視し腹式呼吸でしっかり息を吐き呼気力を高めるものである。オーラルフレイル予防は高齢者が行うだけではなく、子どもの時から予防することが大切であると地域で発信している。保育園でこんにゃくゼリーやパンを喉に詰まらせ死亡したという事件も起きた。製造メーカーに刻んで食べるよう商品注意書きへ警告表示をさせたり、保育所で細かく刻んで提供したりと、本末転倒ではないかと思われる解決策がとられている。すでに子どもの時から口腔機能が落ちていると警告したい。

 東京大学未来ビジョン研究センター長の飯島勝矢教授は「オーラルフレイル対策では口腔トレーニング介入と効果継続が重要であり、指導をしていくと多くの項目で改善し介入後も効果が維持される。指導されたからよくなったのではなく、本人が納得し自らの力で長い期間維持できるかが大切である」とし、さらに「オーラルフレイルで多職種連携へー特に医科歯科連携を加速したい、この運動を地に足を付けた国民運動にしていく鍵は、医科の方々にも理解をしてもらうことである」と昨年行われた第9回日本フレイルサルコペニア学会で熱い思いを報告している。

 医療者としての知識やスキルも重要であるが、もっと地域住民が健康づくりを行い、病気に負けない体をつくる支援をしていきたいものである。