近年の循環器疾患治療の進歩と最前線

前橋赤十字病院 院長補佐 兼 心臓血管内科部長  庭前 野菊

 皆さま、いつもお世話になっております。前橋赤十字病院心臓血管内科の庭前野菊と申します。この度は群馬保険医新聞『診察室』への寄稿の機会をいただき、心より感謝申し上げます。私は1996年に群馬大学を卒業し、当時の第二内科に入局しました。循環器内科医として県内の関連病院でお世話になり、今年で29年目を迎えました。現在は前橋赤十字病院にて、若手医師と共に日々重症心疾患患者さんの診療に従事しております。今回は、近年の循環器内科における治療機器や技術の進歩についてお話ししたいと思います。

 私が循環器内科医としてのキャリアを積み始めた頃、すでに虚血性心疾患に対するカテーテル治療は行われていましたが、その時点では通常のバルーンとベアメタルステントのみが利用されていました。実際、世界初の冠動脈をバルーンで拡張するPTCA(経皮的冠動脈形成術)は1977年に実施され、日本では1981年に導入されています。1990年代後半からはPTCAからPCI(経皮的冠動脈インターベンション)へと呼び名が変わり、ステント留置を伴う治療が標準的な手技となりました。1994年には日本でベアメタルステントが保険適用となり、その後の治療成績に大きな影響を与えました。しかし、どちらも再狭窄のリスクが課題となっていました。2004年には薬剤溶出性ステントが国内承認を得て利用が可能になり、現在ではこのステントが主流となっています。さらに、2013年からは薬剤溶出型バルーンが使用可能となり、2014年には一度姿を消していた 一方向性冠動脈アテレクトミー(DCA)が再び使用可能となり、ステントを使用しない治療の選択肢も広がりました。近年では、糖尿病や透析患者の増加に伴い、石灰化病変に苦慮することが多くなっています。1998年から使用可能なロータブレーターに加え、2019年からは同じく石灰化を削るデバイスとしてOAS(ダイヤモンドバック)が、さらに2022年には石灰化を破砕するIVL(ショックウェイブ)が保険適用となり、治療の幅が広がりました。これらのデバイスを駆使しながら、日々石灰化病変に対応しています。また、2006年にはエキシマレーザーが冠動脈の治療に使用可能となり、血栓やステント再狭窄病変の治療に効果を発揮しています。さらに、慢性完全閉塞病変に対しては、側副血行路を利用したreverse CARTテクニックなどの新たな手技が開発されており、技術的な進化もあります。

 虚血性心疾患と並び、特に進歩しているのが不整脈の治療分野です。頻脈性不整脈に対する高周波カテーテルアブレーションは1982年にアメリカで初めて施行され、日本では1994年に保険適用となりました。当初はWPW症候群による房室回帰性頻拍や房室結節回帰性頻拍、心房粗動などに対して行われていましたが、近年では心房細動や心室性不整脈を含むさまざまな不整脈に対して施行され、その数は急増しています。また、心房細動に対してはバルーンを用いたアブレーションも行われるようになりました。そして、今年9月 にはパルス電圧を用いたパルスフィールドアブレーションが保険適用されました。この技術は、従来の高周波やクライオアブレーションとは異なり、非熱的メカニズムを利用することで、周囲組織へのダメージを最小限に抑えることが可能で、将来的にはアブレーションの主流となる可能性があります。これらの技術を支えている3Dマッピングシステムの進化も目を見張るものがあります。

 植え込みデバイス治療についても進展が見られます。徐脈性不整脈に対するペースメーカーは1963年に日本で初めて植え込まれ、その後の小型化や改良が進みました。2012年にはMRI対応のペースメーカーが登場し、2017年には右心室に直接留置するリードレスペースメーカーが保険適用となりました。これにより、患者さんの病態に合わせた選択肢が増えています。また、致死性の心室性不整脈に対する植え込み型除細動器(ICD)は、1996年に保険適用となり、2016年には皮下植え込み型ICDも保険適用されました。これらのデバイスにより、突然死の予防が可能となりました。さらに、2004年には心不全治療としての心臓再同期療法(両心室ペースメーカー)が、2006年には両室ペーシング機能付き植え込み型除細動器が適用されました。これにより、心不全治療にも大きな変化がもたらされました。また、直接治療を行う機器ではありませんが、失神の原因検索に使用される植え込み型心電図記録計が2009年に保険適用となりました。これらの植え込みデバイスは現在、すべて遠隔モニタリングが可能で、日々患者さんのデータがメールで送信される時代となりました。さらに、2010年からはエキシマレーザーを用いたリード抜去も可能となり、デバイス感染等の際に必要な手技となっています。

 虚血性心疾患や不整脈治療と並び、進歩している分野としては、構造的心疾患SHD(Structural Heart Disease)に対する治療が挙げられます。重症大動脈弁狭窄症の患者さんが増加しており、経カテーテル大動脈弁植込み術(TAVI)が2013年から日本で実施されています。また、2017年からは僧帽弁閉鎖不全症に対する経カテーテル治療であるMitraClipも導入されました。さらに、2006年からは心房中隔欠損症に対するカテーテル治療(アンプラッツァー閉鎖デバイス)が保険適用され、2019年からは左心耳閉鎖術も保険適用となっています。

 上記以外に末梢動脈のカテーテル治療や、経皮的心臓補助デバイス(IABP、ECMO、インペラ)なども飛躍的に進歩しております。そして、心臓血管外科の分野でも大きな進歩がみられ、手術の低侵襲化や、重症心不全に対する人工心臓、心臓移植が行われるようになりました。また、心不全や心筋症、肺高血圧症に対する薬物療法や心臓リハビリテーション、心エコー図検査やCT、MRIなどの診断技術も近年大きな進展を遂げていますが、紙面の都合により詳細なご説明は別の機会に譲りたいと思います。

 今後の展望としては、ロボットカテーテル技術の導入、遺伝子治療や再生医療の進展、AIによる診断支援システムの進化が期待されます。さらに、デジタルプラットフォームを活用した個別化ヘルスケアの提供が進み、遠隔モニタリングや患者教育の分野で重要な役割を果たすことが予想されます。これにより、患者の自己管理が促進され、早期介入が可能となるでしょう。

 当院では、これら全てを提供することは難しいかもしれませんが、可能な限り多くの最先端の治療を患者さんに提供することを目指しています。医学の進歩は非常に速く、日々新しい技術や概念、治療法を習得するために全力を尽くしており、気がつけば30年近くが経過しました。苦労もありますが、仲間の医師や多くのメディカルスタッフと共に過ごす充実した日々に、喜びを感じています。医師としての初心を忘れず、常に患者さんを第一に考えながら、これからも研鑽を積んでまいります。心疾患の患者さんがいらっしゃいましたら、ぜひ当院をご紹介ください。今後ともよろしくお願い申し上げます。