群馬大学腫瘍内科の挑戦―標準治療からゲノム医療・臨床試験まで―

 群馬大学 大学院医学系研究科 内科学講座 腫瘍内科学分野 教授  高張 大亮

 2024年4月、群馬大学に新たに腫瘍内科(内科学講座 腫瘍内科学分野)が設立されました。腫瘍内科は、がん薬物療法を専門に担う診療科として、標準治療を確実に行える体制を整えつつ、ゲノム医療や臨床試験など新しい治療法を積極的に取り入れる中核的な部門です。

 とりわけ、免疫チェックポイント阻害剤を用いた薬物療法は、この数年で急速に普及しました。腫瘍内科では、前身の腫瘍センター時代から外来での免疫療法を一手に担ってきましたが、近年の適応拡大に伴い対象患者が急増し、現在は要請のあったケースを中心に対応しています。免疫療法は高い効果をもたらす一方で、irAE(免疫関連有害事象)という独特の副作用が出現することがあり、重篤なケースでは迅速な対応が求められます。そのため私たちは免疫療法チームを構築し、irAEマニュアルを整備して、各診療科と緊密に連携しながら副作用マネジメントを行っています。

 こうした診療をより安全・効果的に進めるため、院内の関係診療科が一堂に会する「免疫療法カンファレンス」を定期的(月1回+必要時)に開催しています。症例検討や有害事象の振り返りを行い、知見を共有する貴重な場です。さらに、希少がんや原発不明がんに対するカンファレンスも定例化(月1回+必要時)しており、画像診断や病理の専門家から助言をいただきながら、最適な治療法の選択に努めています。これらのカンファレンスを通じて腫瘍内科は、学内のがん診療を有機的に繋ぐ“ハブ機能”を果たし、臓器横断的な診療を推進する中心的存在となっています。

  • ゲノム医療の進展

 がん治療は今や、臓器の枠を超え、患者さん一人ひとりの遺伝子変異に基づいて治療を選択する時代に移行しています。群馬大学病院は2021年にがんゲノム連携病院に指定され、同年6月よりがんゲノム外来を開始、現在では県内各病院からの紹介も増加しています。がん遺伝子パネル検査の受託数は2024年には120件、2025年は150件に達する見込みで、患者さんに提供できる治療の幅が着実に広がっていることが実感されます。

 従来は東京の大病院に行かないと受けられなかったがん診療を、群馬県内で完結できる体制を整えることが私たちの使命です。治療薬の選択肢がまだ限られており、実際に治療に到達する割合は高くないという課題はありますが、がんゲノム中核拠点病院であるがん研有明病院との緊密な連携の上、臨床試験や新規薬剤開発を組み合わせることで、より多くの患者さんに最適な治療を届けられるよう取り組んでいます。

  • 臨床試験の拠点化

 新薬開発に不可欠な臨床試験を群馬県内で実施できるようにすることは、患者さんにとって大きな意味を持ちます。長距離の移動を強いられることなく、地元で安全かつ最先端の治療を受けられることは、身体的にも精神的にも大きな負担軽減につながります。 

 幸いにも、腫瘍内科ではこの1年間で10件近くのPhase II~III試験の依頼をいただきました。治験部門や研究部門との協力体制が整い、北関東の患者さんに最新の治療選択肢を提供できる基盤が築かれつつあります。今後はさらにPhase I試験にも対応できるよう、安全管理体制をさらに強化し、全国の研究ネットワークにも積極的に参加していく予定です。

  • 少数精鋭での挑戦と教育

 現在、当科は腫瘍内科医3 名および緩和ケア医1名の4名体制で診療を行っています。需要を考えれば十分な人数とは言えず、人材育成は喫緊の課題です。だからこそ、医学生や研修医に腫瘍内科の魅力を伝え、この分野に挑戦してもらうこともまた、私たちの大きな使命です。

 その一環として、アピアランスケアに関する臨床研究プロジェクトを医学生と共にスタートさせました。臨床と研究の両方に関わることで、若い世代が幅広い興味を持ち、自らのキャリアを切り拓いていける環境づくりに力を注いでいます。次世代の腫瘍内科医が、地域と世界の双方で活躍できるよう成長してほしいと願っています。

  • 地域医療とがんリテラシーの醸成

 腫瘍内科の活動は大学病院の中にとどまりません。群馬県全体でがん診療を発展させるため、医療従事者や医学生向けの講義のみならず、市民公開講座やがんサバイバーの方々を対象とした講演活動を積極的に行っています。医療従事者が最新の治療情報を正しく伝え、さらに患者さんやご家族が理解、納得して治療を選択できるよう支援することも重要な役割です。

 また、地域の保険医の先生方と協力し、診断から治療、そして緩和ケアまで一貫して支えられる体制づくりを進めています。地域の先生方とのつながりがあってこそ、患者さんに最適な医療を届けることができます。

  • おわりに

 腫瘍内科の役割は「患者さんとご家族、そして医療チームをつなぐハブ」であることだと考えています。私たちはまだ小さなチームですが、志は大きく、「東京に行かなくても、群馬県内で最先端のがん医療が受けられる」未来を本気で目指しています。そのために、標準治療からゲノム医療、臨床試験まで、「臓器横断的で、集学的かつ全人的な」診療・研究・教育を一体的に進めていきます。

 地域の保険医の先生方のご理解とご支援をいただきながら、群馬からがん医療の新しい形を発信していきたいと考えています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。