パニック値(緊急報告検査値)に適切に対応するために

群馬大学 名誉教授 日本臨床検査振興協議会 理事長  村上 正巳

はじめに

 「パニック値」とは、「生命が危ぶまれるほど危険な状態であることを示唆する異常値」で、直ちに治療を開始すれば救命しうるが、その把握は臨床的な診察だけでは困難で、検査のみによって可能(Lundberg GD, 1972)1)とされています。パニック値は、基準範囲から極端に逸脱した検査値であり、放置されると患者の予後に著しい悪影響を及ぼす可能性があるため、臨床検査技師から検査をオーダーした医師へ迅速かつ確実に報告されることが必要になります。パニック値については、「緊急報告検査値」や「緊急異常値」などさまざまな呼称が用いられていますが、論文や学会発表などでは「Critical Value」や「クリティカルバリュー」を用いることが望ましいとされています。

パニック値への取り組みに関する経緯

 2016年2月に日本医療機能評価機構「医療事故情報収集等事業」の医療安全情報(No.111)として、パニック値の緊急連絡の遅れが患者の治療の遅れにつながった事例から、パニック値の報告を徹底するよう注意喚起がなされました2)。また、日本臨床検査医学会は、2017年にパニック値の運用に関するアンケート調査を実施し、パニック値が設定されている検査項目や、その閾値レベルについて医療機関で統一されていないこと、パニック値は臨床検査部門から診療側に速報値として様々な手段で連絡されているものの、緊急連絡体制、カルテ記録、臨床的対応とその確認方法などが医療機関で統一されていないことが明らかになりました3)

 このような現状を受けて、日本臨床検査医学会では、2021年12月に『臨床検査「パニック値」運用に関する提言書』を公表し、さらに3年後の2024年6月に改定され4)、パニック値に対する取り組みが進められてきています。提言書では、クリティカルバリュー(通称「パニック値」)の一覧が例示され、その中でグルコース、カリウム、ヘモグロビン、血小板数、プロトロンビン時間のパニック値は、特に緊急対応を必要とするため、直ちに検査をオーダーした医師への報告が必要となる「緊急報告項目の例」として挙げられました。

パニック値運用の実際

 日本臨床検査医学会の提言書では、パニック値の一覧と緊急報告項目の例が示されていますが、それぞれの医療機関の実情に応じてパニック値の項目とパニック値と判断する閾値を検討することが必要です。パニック値は、臨床検査室の臨床検査技師から検査をオーダーした医師へ迅速に電話連絡し、直接報告することを原則としています。パニック値の報告を受けた医師は、速やかにパニック値へ対応し、患者に対して必要な処置を行うことが求められます。医師の不在時や手術中などで検査をオーダーした医師に連絡がとれない場合にも確実に患者のパニック値に対応できるように医療機関で検討しておくことが重要です。また、パニック値の見落としを防ぐために電子カルテや検査結果報告書において、パニック値であることが一目でわかる表示を検討することが望まれます。

 医療機関の規模や診療内容は様々であり、検査の実施体制についても、医療機関内で検査を実施している施設だけでなく、衛生検査所などの外部委託検査機関を利用している施設もあります。外部委託をしている場合も同様に検査をオーダーした医師にパニック値が報告されることが必要になります。2023年の厚生労働科学研究で実施された「衛生検査所におけるパニック値の報告に関するアンケート調査の結果と分析」5)では、ほとんどの衛生検査所は何らかの方法で医療機関にパニック値を報告していましたが、休日や夜間の報告方法には一部で課題もあることがわかりました。

おわりに

 臨床検査室は、日々多くの検査を実施し、迅速に正確な検査結果を診療科に報告することが求められています。また、診療科の医師は診察、投薬、処置や手術などの多忙な診療業務を行っています。医療機関におけるこのような多忙な業務の中で、パニック値の報告を行う臨床検査技師と報告を受ける医師は、互いに相手の立場を尊重する気持ちを忘れずに、患者に対する適切な診療を行うために協力することが必要であると考えます。臨床検査技師のみにパニック値報告に関する過度の負担がかかることのないように、臨床検査室だけでなく医療機関全体でパニック値に関する適切な運用に取り組むことが大切です。

文 献

1)Lundberg, GD: When to panic over abnormal values. Med Lab Obs 4:47-54, 1972.

2)日本医療機能評価機構 医療事故情報収集等事業 医療安全情報No.111「パニック値の緊急連絡の遅れ」(2016年2月)

 https://www.med-safe.jp/pdf/med-safe_111.pdf

3)日本臨床検査医学会:チーム医療における臨床検査 異常データ・パニック値の検査室対応 全国パニック値アンケート2017.

 https://www.jslm.org/committees/team_med/panic_2017.pdf

4)日本臨床検査医学会:臨床検査「パニック値」運用に関する提言書(2024年改定版).

 https://www.jslm.org/committees/team_med/20240610-1.pdf

クリティカルバリュー(通称「パニック値」)の例

5)村上正巳ほか:令和5年度厚生労働科学研究費補助金(地域医療基盤開発推進研究事業)「衛生検査所等の適切な登録基準の確立のための研究」衛生検査所におけるパニック値の報告に関するアンケート調査の結果と分析.

 https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202321024A-buntan6_0.pdf