厚生労働省は、2040年頃を見据えた医療提供体制改革のとりまとめを公表した。従来の地域医療構想は、2025年に団塊の世代が75歳以上となることを想定し、主として入院医療や病床機能の再編・適正化を目的としていた。しかし今後は、高齢化のさらなる進展に加え、生産年齢人口の減少や医療従事者不足など、医療を取り巻く環境が大きく変化するため、病床だけでなく医療提供体制全体を見直す必要がある。
従来の地域医療構想は、「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」の病床機能区分を基に、将来必要となる病床数を推計し、病院間の機能分化や連携を進めることが中心であった。一方、新たな地域医療構想では、入院医療だけでなく、外来医療、在宅医療、介護、精神医療まで含めて地域全体の医療提供体制を構築することが重視されている。つまり、「病床中心の構想」から「地域全体の医療・介護提供体制を対象とする構想」へと対象範囲が拡大した点が最大の特徴である。
2040年頃には高齢者人口の増加が続く一方、生産年齢人口は減少すると予測されている。これに伴い、慢性疾患を抱える患者や要介護高齢者の増加が見込まれるほか、医療人材不足への対応も大きな課題となる。さらに、地域によって人口動態が大きく異なるため、地域の実情に応じた医療提供体制の構築が求められている。
新たな地域医療構想では、主に次の三つの方向性が示されている。
①地域全体を俯瞰した医療提供体制の構築
病院単位ではなく、地域全体で住民を支える視点を重視し、高齢者救急や在宅医療などの課題に対応する。
②医療機関機能に着目した体制整備
救急医療や在宅医療、地域包括ケアなどを担う医療機関の役割を明確化する。
③医療・介護連携の強化
病院、診療所、介護施設、訪問看護事業所などが連携し、切れ目のない医療・介護を提供する体制づくりを進める。
新たな地域医療構想で特に重視される分野として、高齢者救急、在宅医療、外来医療、精神医療が挙げられる。高齢者救急では、高齢患者の救急搬送の増加に対応できる体制整備が求められる。在宅医療では、住み慣れた地域で療養できる環境整備を進め、病院から在宅への円滑な移行を支援する。外来医療については、かかりつけ医機能の充実や医療機関間の役割分担を強化する。精神医療についても地域医療構想の枠組みに位置付け、地域で支える体制づくりを進める方向性が示されている。
構想が実現すれば、地域住民は必要な医療や介護サービスを切れ目なく受けられるようになり、限られた医療資源を有効活用できると期待される。しかし、病院の機能再編や役割分担には地域住民の理解が不可欠であり、医療機関間の調整も容易ではない。
一方で、「機能分化・連携」という名の下で、実質的に地域の医療機関の縮小や集約化が進む可能性がある。病院の統合や救急機能の集約が進めば、住民の受診や搬送に要する時間が長くなる可能性がある。特に人口減少地域や中山間地域では、医療機関へのアクセスそのものが悪化する恐れがある。医療提供体制全体として合理的であっても、個々の住民にとっては「近くの病院がなくなった」という不利益が生じ得る。
さらに、この構想は在宅医療への移行を重要な柱としているが、在宅医療を支える医師、訪問看護師、介護職員などの人材や社会資源が十分に整備されている地域ばかりではない。病院機能だけを縮小して地域の受け皿整備が追いつかなければ、患者や家族に在宅療養や介護の負担が集中する可能性がある。
加えて、人材不足を前提として議論が進められている点については課題も指摘されている。本来であれば医師や看護師の確保、勤務環境改善、地域偏在の是正に積極的に取り組む必要がある。人材不足そのものへの対策も重要である。
また、「地域ごとの実情に応じた構想」とされているものの、実際には国が示した方向性に沿って都道府県が計画を策定するため、地域住民や現場医療者の意見が十分に反映されない懸念もある。病院の役割変更や統廃合は地域社会に大きな影響を与えるため、住民との丁寧な対話が不可欠である。
このように、新たな地域医療構想は将来の人口構造変化に対応するための必要な改革である一方、効率化や集約化が先行し過ぎれば、地域住民の医療アクセス低下や医療格差の拡大を招く危険性も持っている。今後は医療資源の再配置だけでなく、人材確保や住民参加を重視し、「持続可能性」と「地域住民の安心」の両立を図ることが求められる。
(研究部・医科 金子稔)