関節注射後の入浴禁止に根拠はあるのか?―入浴禁止という慣習を再考する― 

深沢整形外科 院長  深澤 直樹

 整形外科医にとって、医原性の化膿性関節炎は絶対に避けたいものです。化膿性関節炎になると、入院して抗生物質の点滴と関節滑膜切除術を受けなければなりません。仮に治療がうまくいっても関節機能障害が残ることがあり、さらに10~15%の確率で敗血症となり死亡するケースもあります。

 私が医師になったのは40年以上前ですが、関節注射後は患者さんを入浴させないよう、先輩医師から指導されてきました。その理由の一つは、関節注射後に入浴して化膿性関節炎になった患者さんがいたからです。勤務医時代はその指導に従い、入浴を許可していませんでした。しかし、私は常々「あの注射の針穴から本当に菌が入るのだろうか」と疑問に思っていました。そのため、23年前に開業してからは、関節注射後の入浴を許可しています。

 日本臨床整形外科学会という約2,000名の開業医が参加するメーリングリストがあります。過去にも関節注射後の入浴の是非が議論されたことがあるようですが、結論は出なかったようです。今年になって再び話題となり、私は入浴賛成派として議論に参加しました。

 入浴反対派の意見の根拠は、「関節注射後の入浴が100%安全とは言えないこと」と、「実際に関節注射後に化膿性関節炎になった患者がいる」という事実のようです。しかし、医学的に「このような機序で感染する可能性がある」という明確な根拠は示されていません。

 以下に、メーリングリストで示された主な意見に対する私の考えを述べます。

① 注射後に丸い穴が残っている。この穴はミクロの世界では大きな穴だ。

 実際には、注射針で皮膚にできる創は丸い穴ではなく、三日月状あるいは楕円状の小さな裂創になります。皮膚には弾性があるため、この裂創は速やかに閉鎖すると考えられます。

② 関節注射後の針穴から関節液が漏れ出ることがある。穴はすぐに塞がらない。だから穴から菌が入ることも十分にある。

 膝関節に関節液が貯留し、関節内圧が高くなった場合に、穿刺部から関節液が漏れ出ることは確かにあります。しかし、そのことだけで外部の液体が逆向きに関節内へ流入することを意味するわけではありません。

 また、仮に注射時に皮膚から関節まで穿刺経路が形成されたとしても、皮膚や皮下組織には弾性があり、さらに膝の屈伸によってその経路は保たれにくくなります。したがって、注射後も皮膚から関節まで連続した通路が維持され、それを介して風呂水が関節内へ流入するという機序を支持する医学的根拠は見当たりません。

③ シャワーでは水圧が低いが、風呂は水圧が高いことが問題である。

 風呂の水圧が問題であるとの意見がありましたが、具体的にどの程度の水圧が問題になるのかは示されていません。水深60 cmの浴槽でも水圧は1 cm²あたり約60gにすぎず、身体全体にも同じように水圧がかかっています。そのため、その程度の水圧で風呂水が針穴から容易に関節内へ流入するとは考えにくいのです。

 また、日本ではハンドシャワーが一般的であり、局所には浴槽より高い圧力が加わる場合もあります。しかし、シャワー浴を含め、入浴によって針穴から水が関節内へ侵入し感染を起こすことを示した医学的根拠は見当たりません。

④ 関節注射後の入浴が安全というなら、それを証明してほしい。

 私が調べたところ、この点については2つの報告があります。一つは2,018回の膝関節注射後に入浴を許可し、感染例を認めなかったという報告(鈴木拓ら、2016年)です。もう一つは、入浴許可群4,201回で感染例はなく、入浴禁止群15,773回で1例感染があったという報告(手島隆志ら、2016年)です。なお、「関節注射後の入浴が原因と思われる化膿性関節炎」を報告した論文は、私が調べた限り見当たりませんでした。

 関節注射後の感染率を調べた報告では、約2,800回に1回から約101,400回に1回までと大きな幅があります。仮に感染率が50,000回に1回だとすると、入浴の影響を統計学的に証明するためには数百万回規模の注射データが必要になります。現実的に実施できる研究ではありません。

 そこで、関節注射よりもはるかに太い針を使用する献血について調べてみました。2000年代以降、日本では再出血を避ける目的で献血後約2時間は入浴を控えるよう指導され、その後は入浴が許可されています。年間約500万人が献血を受け、累計では1億人を超えますが、針穴から風呂水が侵入したことによる感染例を報告した文献は、私が調べた限り見当たりませんでした。

 このように反論を重ねても、「100%安全とは言えない」という意見は残るでしょう。しかし、「関与しないこと」を完全に証明することは、統計学的にも極めて困難です。

 結局、今回のメーリングリストでの議論でも、入浴禁止を支持する明確な医学的根拠は提示されませんでした。

 関節注射後に入浴しなくても感染した患者さんはいます。一方で、私は23年間、多くの患者さんに当日からの入浴を許可してきましたが、入浴が原因と考えられる感染は経験していません。そのため、「入浴しなかったから感染しなかった」と考えるだけでなく、「入浴は感染に関与していないのではないか」という視点も必要ではないでしょうか。

 入浴には皮膚の清潔を保つ効果やリラックス効果があります。一方で、感染予防において最も重要なのは、適切な皮膚消毒と無菌操作です。

 私は現在も関節注射後の入浴を許可しています。ただし、当日の激しい運動は避けるよう指導しています。関節注射後の化膿性関節炎が一人でも減ることを願っています。